仙台人が仙台を好きになるブログ(熊谷屋ブログ 駄菓子屋さんです。)

カテゴリ:仙台さんぽ

良縁を求め遥々と~ ” まぼろしの島田飴”

2015/12/7

黒川郡大和町吉岡に島田飴というものあり。祭でこれを手に入れることができたら良縁に恵まれるという縁起物。


宮床の北側に昔、宿場町で栄えた吉岡という町があります。そこにある吉岡八幡神社での毎年12月14日に行われるお祭りで花嫁行列があり、島田飴という変わった形の飴が売られます。
その島田飴を買い求めようと前日の夜8時から並び始め夜中には50人にもなるほど各地から人々がやってきます。
毎年売切れ、今年は2400個作るそうです。

さらに今年の12月14日お祭り当日はNHKの「あさイチ」が生中継で入るそうです。

島田飴の形は花嫁の髷(島田髷)をかたどったもので、縁結びの縁起物として喜ばれています。その大きさはハンドボールくらいの大きさとでもいいましょうか。



先日11月28日に河北新報でもちょうどとりあげられましたが、
今回その島田飴の製造過程を見学させていただきました。

ボランティアの方々で作られているということで、それらを仕切って切り盛りしているのが島田飴祭実行委員長の児玉金兵衛さんです。
島田飴はもともと「白酒屋」という菓子屋で作られていましたが菓子業やめてその歴史が終わりかけた時、児玉さんがその火を絶やすものかと「白酒屋」の職人さんに特別に弟子入りをして工場の一角を借りて作ってきました。その後も場所を変え職人さんに手伝ってもらいながらも飴作りを続けて来ました。
そしてその職人さんも高齢になり一緒に作ることができなくなり、いよいよ児玉さんへの肩の荷が重くなります。


児玉さんの自宅、児玉金兵衛商店は宿場町時代から酒屋を営む歴史のあるお店です。その蔵は平成27年NHKのドラマ『独眼竜花嫁道中』の舞台にもなりました。


朝早めに飴の仕込みを済ませ10時頃からボランティアのお手伝いの方々が来て飴作りの始まりです。


まずは髷の小さなパーツを形作っていきます。


次に土台となる大きな部分を作ります。型となる石に漆を塗ったものを使用して一つ一つ手作業で形作ります。
形ができたものは同じ型に移し替え冷まします。整形する際、飴の温度が熱くてもだれてしまい、冷め過ぎても伸びにくく難しいもので、力のいる作業です。飴に関わらず菓子作りは作業しやすい硬さでは製品としてうまくないのです。



昔使っていた型は木製です。



次に冷めた土台に赤い飴を巻きつけます。これも温度が大切です。温かすぎると内側の接着部分が剥がれてきます。


続いて赤い飴でもう一つパーツを作ります。これができたところでお昼休憩。




午後からは仕上げに入ります。午前中に作った二つのパーツを本体に取り付けます。この時も赤い飴を上から取り付けて接着剤の代わりをします。またこの赤い飴の温度が高すぎると他のパーツが垂れてしまいます。
赤の角のような部分が上に向かい、白い部分が左右に水平に伸びる、これが理想的な形です。


これまでの作業の中で見ていて一番苦労するところだと思いました。
みなさん一つ一つ思いを込めて真剣な表情で作業しています。


一通り出来上がったら最後はラッピングと箱詰めです。せっかく出来てもここで終わらせては飴が湿気ってしまいます。


最後に吉岡八幡神社に寄って行きました。隣には古い武道館があり現役で使用されているようでした。
みなさん良縁に恵まれるといいですね。


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仙台北法人会青年部会のメンバーが四ッ谷用水について学びました

2015/11/27

経営者の集まりの団体という仙台北法人会青年部会の事業で「四ッ谷用水を辿る会」を実施ました。
青年部会は特に30〜40代のメンバーが多い中で仙台郷土の歴史に興味はあれど触れることはなかなかないので今回の事業はとてもいい機会だったのではないでしょうか。

講師に「仙台・水の文化史研究会」の会長を務める柴田さんを始め3人の方にお願いしました、我々メンバーは二つの班に分かれて説明をしていただきながら四ッ谷用水の暗渠を歩きました。



スタートは大崎八幡宮のちょうど二之鳥居をくぐってすぐの太鼓橋からで、ゴールは北六番丁の茶室「六幽庵」までの四ッ谷用水の暗渠を辿りました。
太鼓橋の下も四ッ谷用水がが流れています。

私は以前にも何度か四ッ谷用水を歩き、ある程度知っているつもりでしたが、青年部会メンバーと一緒に歩くことができて、また新鮮でした。
フェンスの向こう側が四ッ谷用水です。現在は仙塩工業用水道導水路として使われています。

下の写真の歩いている左側が暗渠になります。

正面の緑の柵の左側の歩道が暗渠です。不自然な道幅になっています。



正面の建物はブラタモリにも出たところです。
上の写真の正面のアパートの向こう側から下の道に降りました。
ここ石切町にある瀬田谷不動尊は石切職人の神社でここで職人たちが踊った踊りが雀踊りの由来となったそうです。
石切町はその昔仙台城の石垣を造った石垣衆の屋敷があったところで、今も小梨石材店などがあります。
ちなみに写真の小梨石材店は盛岡から来たそうで、比較的新しい石屋さんなのだそうです。(もちろんかなり古くからあります)
築城当時から残っている石材店は48号線沿いにある黒田石材店だそうです。


春日神社の参道にある昭和15年ころ当時を思い出して近所に住む今野氏が描いたこの付近の絵です。
これをもとにジオラマかした模型が柏木市民センターに展示されていますので興味のある方はぜひご覧ください。

この先の春日神社の前を四ッ谷用水が横切っています。
上の写真の鳥居をくぐり階段を上ると境内との境目に四ッ谷用水が流れていて、その暗渠の上を歩くことができます。これを東に少し移動したのが下の写真。
これが四ッ谷用水へ降りる階段跡になります。住居の土地から四ッ谷用水までの高さが少し伺えます。ここで洗い物をしたのでしょうか?
春日神社から階段跡の途中に南に向かう第一支流跡がありました。この塀の向こうの直線的な通路がそうです。
土橋通に第二支流がちょうど歩道のあたりに流れていました。
写真は土橋通に面する宮城県看護協会で、ここがその昔伊達綱村公のお飼鳥屋敷跡でした。最近まで当時の松が現存していましたが今は病気で切られ切株のみがあります。(グーグルマップのストリートビューでさかのぼると松の木が確認できます。https://goo.gl/VZucW4

ここから東へ向かい北六番丁を歩くわけですが、四ッ谷用水はまだ道路の少し上を流れています。

下の写真の奥に見えるのは林宅寺へ用水を渡る石橋です。この写真を撮った辺りが(北六番丁の)通りの高さのピークでそれを過ぎたところ(となりの建物)で北六番丁通りへと降りてきます。

林宅寺となりの建物前の部分を通り道路へと合流します。
ここが合流地点。

ここは支倉堀と言って東北大学構内にあり、一部保存されています。四ッ谷用水はだいたい南側の仙台中心部へと支流から流れていくのですが、ここは珍しく北側へと流れていきます。
最後六幽庵に到着して、せっかくなので庭園を一周見て回りました。
六幽庵は仙台市の茶室ですがさまざまな用途で借りることができます。
もともと仙台市内の建設会社の橋本店から仙台市に旧橋本邸離座敷を「茂ケ崎荘」とともに寄贈されたもので、昭和33年(橋本店ホームページより)仙台市立第二中学校の北側の仙台市長の官舎脇に移築されました。
しかしながら残念なことにさほど使われることなく建物も朽ちて、また官舎に市長も住むことがなくなってしまったので平成に入り解体されたそうです。
そして平成3年に新しく生まれ変わって市民の憩いの場として建てられました。仙台市管理のもと市民に貸し出しがなされましたが、これもまた残念ながら存在があまり知られていないために十分に活用されていなかったようです。
そこで最近になり第3木曜日を一般無料公開日として利用を広めるよう力を入れています。
街なかにひっそりと佇む空間として心が落ち着きます。ぜひ足を運んでみてください。
お抹茶と菓子をいただき一息ついたところで柴田さんの貴重なご講話をみんなで聞きました。


立礼室(りゅうれいしつ)という外履きを履いたまま入れる部屋で行いました。
参加したメンバーは初めての体験でとても満足していたようです。
これからは街を歩いていても見る場所がきっと違ってくると思います。
最後にご協力いただいた「仙台・水の文化史研究会」の皆様大変ありがとうございました。
感謝申し上げます。


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白松がモナカは旅館業だった

2015/11/2

青葉区木町通一丁目、仙台市立木町通小学校の裏側(西側)の通りに晩翠亭いこい荘という旅館がある。なんでもミシュランジャポンに載ったそうです。
他の人から見ればうちもそうかもしれないが、 なんでこんなところに旅館があるのかあるのか不思議で仕方がなかった。
旅館などの立地は温泉などの観光地あるという一般的なイメージ。街なかでアクセスも便利ですが特に観光地が近くにあるわけではない。(でも見るものはたくさんありますよ)
ここだけではない、仙台市内でもなんでこんなところに旅館がと思うところはよくあります。


話は変わりますが、
白松がモナカの大学病院前店が白松がモナカの第一号店と聞いています。
ではなぜなぜこんな場所に始めたのか?
店名の通りすぐ近くには東北大学の付属病院(通称:大学病院)があり、
お見舞いに行く人がそこでモナカを買って持っていくということを見込んでということは
簡単に察しがつきます。


下の写真2枚は道路拡張前の白松がモナカ大学病院前店です。
おかちゃんさんのブログよりお借りしました。


詳しく白松がモナカの社長に尋ねたところ、戦後初めての店はやはり大学病院前店(現在より北にひとつずれたところ、北四番丁大衡町線の道路拡張のため現在の位置に移動)で、
それ以前は、同じ場所で下宿屋を購入して旅館として営んでいたそうです。

実は昔は、いこい荘 の近くに森末旅館がありました。ここは森公美子さんの実家でのちにホテルニューモリスエ、そしてホテルセントキャッスルと名前を変え現在ではマンションが建っています。
その他にも本田旅館(確か小学生の頃まであったと思います) や、
大盛館などの旅館が数軒ありました。

真ん中のマンションが元森末旅館の場所

この昭和20年代~30年代の木町通商店街の地図を見るとそれぞれの位置がわかります。ちなみにいこい荘は掲載されていませんが、創業昭和39年ということなので現在の場所からみると福寿荘の後に建てられたものと思われます。
遠正文具店(赤下線)は現在、大学病院向かいの角のビル1階にあります。
大林商店(赤下線)はダイリンと読んでいわゆる10円駄菓子屋さんで、小学生の当時は大変お世話になりました。

昔は交通の便が悪いく、遠方からの患者等は時間をかけてやってきて遅い時間に着き、その晩は病院の近くで泊まり次の日朝早く病院に向かう人が多かったということです。

つまり大学病院周辺の旅館はみな、遠方からの患者等が仙台に来て次の日の朝早く診察を受けるために泊まるための施設だったのです。

いこい荘はその当時からではありませんが、大きな流れとしてその名残りと言えるのではないでしょうか。
そして今では仙台中心部へのアクセスも活かしながら丁寧で細かなサービスを提供することによりいこい荘はミシュランジャポンに載ることができたのでしょう。


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蓮の花が見事に咲いています。蓮の実って本当にこういう形…

2015/7/25

奥州七福神の大黒天が祀られていることでも知られる喜伝山秀林寺は輪王寺の斜め向かい、
ちょうど北山トンネルの出口にあります。
その特徴的な山門の形は竜宮門です。
よく見るとその門の裏側に大きく立派なハスがふた鉢植えてありました。




蓮の花を間近でマジマジと見るのは初めてかもしれませんが、
よく見ると本当に蓮の実ってこういう形しているんだなぁと感動しました。















まだ蕾はあるので、これから見頃だと思います。お近くを通る際は是非足を止めて眺めてはいかがでしょうか?


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羽黒神社のお祭

2015/6/10

北山羽黒神社は,仙台藩初代藩主伊達政宗が慶長7年(1602)に福島県信夫郡より分祀してきたものと伝える。仙台市登録文化財となっている北山羽黒神社境内社は,かつて当社の拝殿であったが,昭和45年(1970)の新築の際に移築され,境内社として残されたものである。入母屋造(いりもやづくり)桟瓦葺で,桁行(けたゆき)三間,梁間(はりま)二間,三方に縁を廻らし,一間の向拝(こうはい)が付く。江戸時代後期の建立と思われる。(仙台市ホームページより)

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6月6日は北山羽黒神社のお祭りでした。
ここのお祭りはここ最近の仙台市内の神社のお祭りでも珍しく賑わいをみせ、氏子の演芸が盛んです。
まちなかの神社のお祭りとしては賑わっている方なのではないでしょうか。
同日程で行われていた春日神社のお祭りはもっと屋台も人も多いですが、羽黒神社もなかなか面白いなと思いました。
こちらがかつての羽黒神社の社殿です。
現在は立派で頑丈な社殿が建っています。
他にも境内には愛宕神社があり、さらに少し前まではその横に帝釈天がありましたが後ろの道路を通すために撤去したそうです。なんとも悲しい。(写真は当時のもの、木の下に「帝釈天」板看板が見える)
羽黒神社の階段から見る景色。
翌 日曜日にはお神輿があり町内を練り歩いてました。

 


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平成27年 青葉まつり

2015/5/25

今年は伊達政宗公の長男・秀宗公が、伊予宇和島に入って400年の今年。宇和島市で開催されている「宇和島伊達400年祭」を記念して、宇和島市民からの公募で選ばれた伊達秀宗公と家臣が登場しました。 ですが仙台市立第二中学校の生徒が神輿渡御の列に参加していてずっと彼らの追っかけをしていましたので、他の山鉾等はほとんど見ませんでした。 中学生の生徒達は朝の7時半に近くの小学校の体育館に行き、神輿の方々と一緒に着替えて8時には青葉神社へ移動して準備をしていました。 DSC_0247

青葉まつりの警備は仙台青年会議所の皆様がボランティアで行っているのです。
いつもご苦労様です。
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出発は9時20分頃、大太鼓を先頭に青葉神社から行列が始まりました。 DSC_0260 通町の検断屋敷の前を通り DSC_0298 横山醤油前を通り DSC_0326 フォーラムから熊谷屋あたりで1回目の給水休憩。 DSC_0347 その後二日町方面へ向かい、お神輿は加藤八百屋の前で神主さんに祈祷してもらっていました。 DSC_0352 生徒達は途中で別れ市役所で30分程度昼食休憩をとったあと、一番町商店街を練り歩きました。 ここからは武将の行列も加わり間近で見ることができるので意外といいです。
(画像をクリックすると動画が見れます)
青葉まつり1
(画像をクリックすると動画が見れます)
青葉まつり2(画像をクリックすると動画が見れます)
青葉まつり3
(画像をクリックすると動画が見れます)
青葉まつり4
(画像をクリックすると動画が見れます)
青葉まつり5
その後藤崎デパート前で休憩したあと、青葉通から東二番丁通を北上して、三越のところで定禅寺通に曲がり晩翠通で折り返して市役所がゴールです。約2時頃、ここから小学校に戻り着替えて解散。 DSC_0438 朝早くからかなり長い道のりをご苦労様! この行列に参加できるのはこの学校の特権です。疲れたけどいい思い出になったことでしょう。


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半子町の藤が見ごろです

2015/5/12

土橋通の北側つきあたり、東北福祉大学国見キャンパスの南側に位置する子平町、
いわゆる半子町の藤が今年も一般公開されました。


 



5月10日日曜日の朝10時前頃に行ったら、9時半からの公開ですでに観賞している方が何人かいました。

藤の花はまだまだこれから咲く蕾もあり、これからもしばらく楽しめそうです。


 


 


 


 



みなさん藤の花をカメラに収めていましたが、ここは一般の家の庭。
人もたくさんいるので観賞している人も含めて写真に収めてください。

ツツジの花も満開でとてもきれいでした。


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仙台市地下鉄ICカード「イクスカ」を使う時はこれに注意!

2015/5/12

イクスカのすずめちゃんを作っているのにイクスカカードを持っていませんでした。



Suicaなどの非接触ICカードとは縁がなかったもので、どうやって買うのかもわかりませんでした。

地下鉄の券売機を見るとイクスカカード購入のボタンがあったのでどうやらこの自販機で買えるようだ。



しかも記名式もすぐ発行になるみたい。
以前記名式は発行まで時間がかかると聞いていたので敬遠していましたが、これなら簡単です。



記名式の場合「個人情報の取り扱い」について「同意する」を選び、
名前を入力して



性別、生年月日を入力。




最後に電話番号を入力して完了!





早速イクスカカードを使ってみました。
しかし初めて非接触を使う際は次のことに注意してください。

何も考えずに改札口を通ろうとしたら危なく切符の挿入口に入れてしまうとこでした。途中まで入れかけて慌てて引き戻しましたが、危なく大惨事になるところでした。

今までこんな話聞いたことないので多分みなさんはやらないと思いますが、気をつけてくださいね。(汗)


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どんと祭

2015/1/14

1月14日はどんと祭。正式には「松焚祭」。
仙台の伝統行事でお正月飾りと昨年の神棚の飾りなどを焚いてもらう行事と一年の健康を願う裸参りが行われます。

仙台市内の神社では小さな神社でもどんと祭が行われ、裸参りはある程度規模の大きな神社に向かいます。
中でも仙台で最も裸参り(どんと祭)で有名なのがる大崎八幡神社です。


裸参りは主に企業単位で行われることが多いです。毎年新入社員の担当になっているところもありますね。
裸参りをする人は口に紙をくわえ列をなしてお参りし、その紙は神様に息を吹きかけないようにするためのものです。基本スタイルは半だこにさらしを巻いて頭に鉢巻き、足袋草履です。
その他に提灯を持ったり鐘を鳴らしながら練り歩きます。


 


 


 



夕方の風景です。


 


 


とても大勢の人だかりでなかなか火までたどり着けません。



正月飾りなどが山のように積み上げられ燃えていました。


 


 


 


 


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ありがとうアカマツ(柏木にある林宅寺のシンボル的なアカマツが松くい虫に食われ伐採されました)

2014/11/25

先日10月にたまたま柏木にある林宅寺の入り口に古くから植えてある大きなアカマツの前を通りました。

普段青々としていたはずなのに、
葉が全て赤茶けていました。
針葉樹なのに紅葉するわけでもないのに…と心配していました。

11月に入り新聞にてそのアカマツが松食い虫に侵され明日伐採されるとの記事を見つけました。

やはりそうだったのか。
伐採される前のアカマツの勇姿を写真に収めたいと、カメラを手に向かいました。
木の脇には「ありがとうアカマツ」の文字が建てられていました。
樹齢はわかりませんが、長年地域の方に愛されてきたのは間違いないでしょう。


 



11月14日伐採当日


 




残念ながら松食い虫に侵され伐採されたことも悔やまれるのですが、
青々と茂っていたころのアカマツの写真を撮っていなかったことが大変悔やまれます。


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