仙台人が仙台を好きになるブログ(熊谷屋ブログ 駄菓子屋さんです。)

明治神宮の銘菓奉献式に出席してきました

2018/11/5

滅多に行かない東京に2週連続日帰りで行ってまいりました。

先週は研修でしたが、

今回は明治神宮の全国銘菓奉献式に宮城県は竹駒神社の全国銘菓奉献会の代表数名と参加させていただきました。

竹駒神社全国銘菓奉献会の会長している白松会長は、

明治神宮菓道敬神会の会長もなされていますご縁と、また今年の春の奉献祭に明治神宮の宮司様御一行が宮城まで来ていただいたこともあり、こちらからも数名で出向いて参加させていただきました。

折しもその日は絢子さまが同じ明治神宮で挙式をなされる日ということで、警備も厳重で見物の人もたくさんいました。

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宮城からもそれぞれのお菓子を奉献させてもらい、式にも参列しました。三宝に載せた手前の奉献菓子を両手に持ち、簡易的な裃を着用し、社務所から神楽殿を横切って本殿に向かう途中に、なんと偶然にも挙式を行なっていた神楽殿から絢子様が出てくるところを見る事が出来ませんでした。

両手がふさがっていたので写真を撮ることはかないませんでしたが、とても幸運なことでした。

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式が行われた本殿は現在仮宮ということでしたが、その御前で奉献の練り切り菓子が作られて奉納されるなどして、式が執り行われました。

普段入れないところに入ることができてとても貴重な体験をさせていただきました。

直会は明治神宮文化館の新装されたばかりの欅の間で行われました。窓からは建築中で隈研吾デザインのミュージアムが見えました。来年の秋に完成予定だそうです。

式の前には外苑にある聖徳記念絵画館を案内していただきました。明治天皇、昭憲皇太后の歴史的光景を描いた80枚の絵画を説明してもらいとても興味深く感じました。

建物の左右にとても大きな(畳3~4畳くらいの)絵画が展示されており時代の変遷とともに移り、向かって右側(前半)が日本絵画、左側(後半)が洋画というタッチで描かれており、有名な大政奉還の絵もその中にありました。

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明治神宮も聖徳記念絵画館もまたゆっくり見て回りたいものです。

日帰りで慌ただしかったですが、有意義な時間を過ごすことができました。



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自分づくり教育アワード

2018/8/3

第3回仙台自分づくり教育アワードが8月10日エレクトロンホールで行われ、功労者の事業所への表彰を受けに行ってきました。

お盆の非常に忙しい中、また天候の不安定な中向かうと、急激な土砂降りになり、すぐ近くなのにもかかわらず車に乗って向かうも、今度は駐車場がどこも満車で入れず、結局会場から離れたところに車を駐める羽目になってしまいました。

来賓の中には郡仙台市長を始め各関係者が並び、その中に仙台青年会議所の理事長代理として青木君がいました。

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表彰は代表6名で賞状を壇上で受け取り、その中には卸町の会として石井君がいました。(向かって左端)

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表彰式の後は事例紹介として

仙台市立三条中学校と同じく荒巻小学校および通町小学校の小中9年間通した自分づくりの事例や、

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仙台市立仙台商業高等学校とサイダーで有名なトレボンさんとの共同商品開発した「仙臺サイダー」について、
当会長である山口哲男氏によるコーディネートで紹介されました。

 

文部科学省初等中等教育局児童生徒課調査官の長田氏の講評
(スライドの左下に私写ってました)

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仙台市では各地域の小学校中学校と連携して弟子入り体験や職場体験などを子供達にさせることによって、将来の仕事への興味を持たせたり、仕事選択の参考またはよき経験となるようにし、就業率を高めていこうという狙いがあります。

熊谷屋でも木町通小学校の弟子入り体験と仙台市立第二中学校の職場体験を受け入れています。(この2校に限らさせていただいていますが)

これから将来仙台市の地域活性化か今の子供達にかかっています。また優秀な人材が地元で活躍していって欲しいです。


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竹駒神社名誉宮司と竹駒神社宮司の就任披露祝賀会

2018/7/20

岩沼の竹駒神社で竹駒神社名誉宮司と竹駒神社宮司の就任披露祝賀会が7月20日境内脇の竹駒崇敬会館で行われました。

これまで20年間、竹駒神社の宮司をやって来られた千葉元宮司が名誉宮司に、そして今まで権宮司だった村田氏が新たに宮司になり、

お二人の就任を祝い祝賀会が開かれました。

会場の中に入ると大勢の人たちでぎっしりで、名簿を見ると約240人もの方が参列していたようです。

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千葉名誉宮司、村田宮司が以前奉職していた明治神宮の中島宮司を始め会の発起人代表で竹駒神社崇敬会会長鎌田氏の挨拶等の後、お二人に記念品と花束が渡されました。

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千葉博男名誉宮司の挨拶。

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村田守広宮司の挨拶。

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その後、祝舞として神社職員による舞楽「蘭陵王」が披露されました。

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外は太陽の陽が照りつける猛暑でしたが、

村田新宮司就任おめでとうございました、

今後とも菓子組合でお世話になります。

千葉名誉宮司、今までお世話になりました。

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跡付丁公園が消滅した時

2018/6/9

平成30年6月9日10日の土日に、春日神社のお祭りがありました。
私が以前「跡付丁公園」に関して書いたブログの内容を境内で展示してくださるというので見に行ってみました。(洗濯ばさみでとめてある)
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春日神社のお祭りは市内でも小さいながらも賑やかな祭りだと思います。私が小学生の頃はよく友達と遊びに行って型抜きをしたものです。
今でも近所の子供達でいっぱいで、町内でやる祭りにしては出店も多くある。
昔ほどではないが今も子供達の賑わいは変わらない。
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境内の展示物には他にもクイズ形式で昔の春日町のことを伝えていて面白い試みだと思いました。その中で「月の湯」の入浴券の写真がありこれは現在のどこでしょう?という問題がありました。答えは現在のSENDAI KOFFEEさんのところだそうです。
私は小学生の頃の同級生で春日町で銭湯を営んでいるところの子がいました。何度か遊びに行ったことがありますが、記憶では春日神社に面する通りだったような気がします。本当はどうなんでしょうね。
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帰りに跡付丁公園の前を通ると新しい看板?
「春日町公園」と表記された看板がありました。いつからだろう?前からあったのに気づかなかったのか。
青葉区の公園課に問い合わせると2年ほど前に名前が変更になったそうです。
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そもそも以前書いたブログの「跡付丁公園」は法務局に行った際に避難場所の地図を見た時に変わった名前の公園だなぁと思い由来を調べたのがきっかけでした。
(下の写真は現在のもので当時見たものは違うかもしれませんが、法務局の下の跡付丁公園という文字が気になったのです)
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それにしても市民にわかりやすい名前にしたのだろうが、どうしてこういう名前なの?と疑問に思うことから歴史がわかる時があるので「跡付丁公園」の名前も残して欲しかったと思う。


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登米は宮城か岩手かどっち

2018/6/3

先日県北に行くことがあったので、
予てから行ってみたかった登米に寄りました。

まずは名物油麩丼の店に行って、味噌ラーメンをいただきました。(笑)
そして何より行ってみたかった有名な教育資料館「登米高等尋常小学校」にむかいました。
建物の中には昔の写真や昔の道具などが展示されていて、
また、昔の授業風景が再現されてたり、校長室には校長先生が座っていたりと当時の風景が思い浮かびます。
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その後は、少し車で移動して旧登米警察署庁舎にも行きました。
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昔の白バイやスカイラインのパトカーが展示されていて、実際乗ることもできます。
お子さんは喜びますね。
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牢獄や取調室などもそのまま残されていました。また、当時の警察は消防団も兼ねていたそうです。
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奥左隅はトイレです。
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実は登米高等尋常小学校と旧登米警察署庁舎は共に山添喜三郎という人物の建築でした。
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この人物は以前ブログに書いた三居沢の発電所の建物も建築しています。
山添喜三郎は宮城県の建築技師で県内のさまざまな建物に携わっていましたが、残念ながらほとんどが取り壊されたそうです。
色々な事情があって幸いにもこの2つが残されることになったそうです。
山添喜三郎の説明文
建築家山添喜三郎は、弘化年間に新潟県西蒲原郡角海浜村に生まれたといわれている。大工として建築を志した山添は、明治5年(1872)オーストリアのウィーンで開催された万国博覧会に、明治9年(1876)にはアメリカのフィラデルフィアで開催された米国独立百周年記念万国博覧会に参加した。この両度の洋行を機に欧米の建築について見聞を広め知識を蓄積したものと思われる。
明治16年(1883)仙台に創設される紡績会社の建築工事に当たり山添の手腕力量が高く評価され、明治18年頃宮城県の建築主任として県庁職員に迎えられたといわれている。建築技師として山添県内に多くの建築物を手がけたがその大部分は解体撤去されおり、登米町に現存する旧登米高等尋常小学校と旧登米警察署庁舎は建築家山添喜三郎の記念碑ともいえるものである。彼は仙台を永住の地ときめ住んでいたが、大正12年3月16日永眠、享年81歳とあり仙台市東十番丁天神下にある栄明寺に葬られている。
時間がなくて行かなかったのですが、
水沢県庁の建物もありました。(こちらは旧登米高等尋常小学校の近くにあります)
宮城の登米になぜ岩手の水沢の県庁が?
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ウィキペディアを参照すると、そのいきさつがわかりました。(以下参照内容)

明治4年1月12日第1次府県統合により一関県・江刺県・胆沢県が統合されて新しく一関県が作られ県庁を磐井郡一関村しました。明治4年12月13日水沢県に改称し、県庁は胆沢郡水沢に置かれる予定でしたが、実際には登米郡の登米県庁として使用される予定で建設されていた建物を水沢県庁として使用しました。
明治8年11月22日 県庁を磐井郡一関村に移転して磐井県に改称。
明治9年4月18日 – 第2次府県統合により、磐井県のうち陸中国部分を岩手県に、登米郡は宮城県に編入されました。磐井県は廃止され岩手県となり、登米はやっと宮城県域で落ち着きました。

そんな紆余曲折の途中で水沢県庁となったということだそうです。


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半子町の藤

2018/5/7

子平町の千田家にある藤で、昔伊達政宗公が朝鮮出兵の際に持ち帰った藤だそうです。

それを伊達家に仕えていた千田家の先祖がいただいて植えたのが今あるものだそうです。
身分の詳しいことはあまり語られていないのでおそらく足軽か何かだと思うけど、千田家の先祖以外にも他の人も何人かもらったのだろうと思う。千田家が特別な身分や業績があったわけではないようなので。それで今まで残っているのがここだけなんだろうなと。
小雨の降る中綺麗な紫色をしていました。
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ティーナ・カリーナ 「ひとり昭和歌謡祭 春の特別公演」とコラボ商品

2018/4/29

4月29日(日)東京エレクトロンホールでティーナ・カリーナ さんのコンサート「ひとり昭和歌謡祭 春の特別公演」が開催され、見に行きました。

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昨年「ひとり昭和歌謡祭」と熊谷屋のくるみゆべしをコラボさせていただきました。そして引き続き今回もコラボさせていただき、さらにティーナカちゃん和菓子を作らせていただきました。
ティーナカちゃんのキャラクターの顔をモチーフにしたかわいい練り切り菓子です。
季節の商品を含めて3個入り。とても好評をいただいたようです!
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肝心の「ひとり昭和歌謡祭」ですが前回とまた違う演出でとても楽しく過ごすことができました!
お笑い芸人ニードルのお二人も面白かったです!
コンサートにはお花を贈らせていただきましたが入る際に写真を撮るのを忘れて出てきたときにはもうありませんでした(汗)
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ツイッターのフォロワーさんの写真をアップします。
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また機会がありましたらコラボしたいです!


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仙台の西四番丁はどこにある

2018/4/10

北四番丁 東二番丁 はあるけれど西と南は?
熊谷屋は北四番丁通りから青葉神社方面へ少し入ったところにある。
地下鉄北四番丁駅は北四番丁通りと東二番丁通りの延長(勾当台通り)との交差点にある。
多少無理矢理な話の入り方だが、
まず北四番丁の「丁」は侍屋敷が並ぶ通りを指し、北鍛冶町などの町は商人などの住む通りを指します。
東二番丁も然りで、東に行くにしたがい三番丁、四番丁…と付けられ、北も一番丁、二番丁…とある。(東一番丁は現在東一番町変わっている)
では西二番丁や南四番丁とかもあるのでしょうか?今まで聞いたことがありません。西と南は無くて北と東だけなのです。片方だけってなんか変な感じがします。北鍛冶町に対して南鍛冶町がありますし(元の鍛冶町が北と南に別れた)、対になっていないのはなんか気持ちが悪い。
実はちょっと考えればわかることなのですが、これは仙台城のある地形を中心に考えると合点がいきます。仙台城は青葉山にあり自然の要害とも言われています。前には広瀬川、後ろには竜の口渓谷の断崖絶壁、城下町はそんな広瀬川を越えた向こう側につくられました。無論断崖絶壁に町は作れないので自然と城の東側、北側となるのです。
そして開府当初の仙台藩の城下町の一番外れは現在の市役所がある辺りです。時代とともに城下町は拡張され東へ北へ徐々に広がりそれぞれ一番丁、二番丁、三番丁…、と新しくできたのです。
これですっきりしましたでしょうか?
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「風の時編集部」より


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仙台の地名 同心町

2018/4/10

宮城県菓子工業組合兼仙台菓子組合の事務局は青葉区上杉にある同心ビルの2階にあります。

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この同心ビルという建物の名前ってよく見るとなんか変ですね。同じ心?
実はこの辺は江戸時代、同心町という名前でした。
もちろんこの地名には由来があります。
同心とは町奉行の配下にあった同心衆、つまり現在のおまわりさん的な役割を果たしていた人たちが住んでいた町だったのでこの名がつきました。
同心衆は幕府の庶務や見回りなどの警備をしていたそうです。
変わった地名にはちゃんと意味があるんですね。
ちなみに同心ビルの道を挟んでかんぽ生命保険仙台サービスセンターがあります。この建物は旧仙台簡易保険局で昭和11年に建てられたレトロな建物があります。
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またここから南、錦町一丁目にはモダン建築の、的場邸(旧石原謙邸)があります。
これは遠藤新氏の設計した建物。彼は帝国ホテルを設計したライト氏の弟子で、日本で様々な建築物を残しています。
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そんな昔の建物がある地域なのです。


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へくり沢ウォーキングマップ

2018/4/10

以前もブログに書きましたが、仙台市の八幡町界隈を昔流れていたへくり沢(蟹子沢ともいう)があります。現在は暗渠となているそのへくり沢をもっと地元の人に知ってもらおうと、この度柏木市民センター主導で案内板を作成設置しました。

柏木市民センターでは、これまでへくり沢について4回にわたる講習会から始まり、その後講習会参加者の中から声掛けした有志でへくり沢地形模型の製作、さらに昭和15年ごろのへくり沢が脇を流れる八幡小学校を中心としたジオラマ模型の製作をしました。そしてその2つの模型を活用すべく、へくり沢ウォーキングと題し一般参加者を募集して、歩いてへくり沢を案内したあと柏木市民センターにて模型を使って説明をするという事業を何回かに分けて行われました。さらに集大成としてへくり沢ウォーキングの案内板を作ることになったのです。

これまで柏木市民センターの館長さんはじめ、ジオラマ作成メンバー、関連町内会長連合会の皆様で何度か集まり意見交換をしたり、実際歩いて現場を確認したりしてようやく12月末に案内板が完成設置に至りました。

※下の看板はルート最初のもので知事公館から新坂を下ったところにあります。

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※出来上がった看板を確認するメンバー。
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※マップ作成に向けて協議するメンバー。
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この案内板は単なるへくり沢の説明だけではなく、源流地点から広瀬川への合流地点まで8カ所に設置され、それらを辿ってへくり沢の流水域の跡を散歩してもらい地域の歴史について興味をもってもらおうというのが趣旨です。

案内板の詳細はこちらで見ることができます。↓



さらに、持ち歩きに便利な紙ベースのマップを作ることになり、案内板のデザインが完成後すぐに作業に取り掛かり、年末から始めて締め切りが2月までととてもハードなスケジュールで作ることになりました。(年度末までには全ての事業が終わる予定)

まずはマップ作成メンバーで集まり主旨を理解し、どのような形(デザイン)にするか、内容は何を入れるかなど話し合われました。

マップに関しては散策ルートの表示はもちろん、中に盛り込む情報や、高低差だったり、古地図も入れたい…と色々な意見が出まして、何度も修正をしながらやっと完成にこぎつけました。

マップの大きさはA3サイズの縦に4つ折りになっていて持ち歩きに便利な形状になるよう工夫されています。現在の地図の他に大正元年の地図とも比較することができ、また下部には歩くコースの距離と標高が看板の地点地点でわかるようになっています。

裏面にはへくり沢にまつわる様々な説明や事柄が記載されていて、興味が湧くこと必至です。

もちろん紙面の制約上、このマップに書かれていることで全てではありませんが、概略がわかるように考えて作りました。

3月9日には柏木市民センターてマップ完成お披露目会が行われて関係者が集まり、東北文化学園大学の八十川先生の基調講演がありました。

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こちらは前柏木市民センター館長の岡崎さんです。一連のへくり沢の講座は岡崎館長が始めました。のちに現小野館長が引き継ぎここまで来たわけです。
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また3月17日には一般参加者を募集して、マップを実際手に持って各案内板を辿りながらみんなで歩きました。知事公館から出発してへくり沢をさかのぼりました。
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これが完成したウォーキングマップです。
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