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さる(申)年ということで

2016/1/1

あけましておめでとうございます。
今年の干支は申年です。
新年早々こんな話からで申し訳ありませんが、「鬼門」というものをご存知でしょうか。

鬼門とは方角でいうと北東、その方角から鬼が入ってくると言われています。この言葉は中国から伝わり風水から来ていると言われています。また中国の北東から異民族が攻めてくるのを鬼になぞらえたとも言われています。
日本に伝わり独自の陰陽道と合わさり現在の「鬼門」となったようです。

古来、北東の方角の鬼門には守護するためのものを配置します。お城でしたらそこから鬼門の方角に寺院を配置します。仙台城に対する定禅寺や東昌寺や東照宮(お寺ではありませんが)などがそれに当たります。城下町が広がるにつれ鬼門の位置も広がったのでしょう。
東昌寺のマルミガヤの木は鬼門除けに政宗公が植えたとされますが樹齢500年なので真相は定かではありません。


 


 

先ほど述べた鬼門の方角、北東は十二支でいうところの丑寅の方角になります。鬼門と反対の方角の南西は未申
となり、裏鬼門と呼ばれます。そこで鬼門除けに猿などの置物を置くことがあります。

長々と鬼門について述べましたが、ここでやっと今年の干支の猿が出てきました。


仙台の国分町の定禅寺通の北側に「佐正」という仏壇屋さんがあります。
よく見るとその建物の2階部分に猿の彫刻が鎮座しています。
実は先ほど述べた鬼門の方角に猿の彫刻を置いて鎮守しているのです。
実はこれには経緯がありまして、以前ブログに書きましたが、春日町の春日神社の前の通りが本来現在より南よりだったのが戦後の区画整理で北にずれたため、国分町にぶつかるところも道路が「佐正」さんの南側から北側に移りました。
昔の道路だったところの痕跡は残っていませんが、「佐正」さんの隣の建物の位置か、もしくは「佐正」さんの建物の一部になってしまったのか。
とにかく建物の北側が道路に面して露出してしまったのです。

そこで猿の彫刻を置くことによって鬼門を守っているのだそうです。
建物の形状が猿を置くためにたまたま一部凹ましたのか、(鬼の)角(つの)を取ると災いが来ないという謂れもあるみたいです。

鬼門除けに置物を置くというのは以前ブログで兵藤飴屋さんの時にもありました。
兵藤飴屋さんの建物は現在はもうありませんが、「佐正」さんの前を通ったらちょっとだけ上を見上げてみてください。


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資福寺の紫陽花

2014/6/27

仙台の中心部から少し北に位置する北山には昔からのお寺が多い。
その中に資福寺があります。

資福寺は別名紫陽花寺と呼ばれるほど紫陽花がきれいに咲き誇るお寺として仙台でも有名です。


 



6月末、紫陽花が咲く時期になると境内の小書院にてお抹茶が設けられるのです。


お抹茶(菓子つき)は400円。
中に入ると建物の裏側に通され、座敷を抜けると目の前がすぐ池の外廊下に案内される。
板の間に腰を下ろし池越しに竹林を眺めると心が落ち着きます。



抹茶の美味しさもさることながら
目の前に見える風景、気候、場所、
そして菓子…、この全てが揃ったとき本来の味以上に至福を味わえるのではと感じました。
まさにそんなひと時を過ごすことができました。


 


実は抹茶と一緒に出された菓子は白松さんの最中と熊谷屋のハッカなんです。

資福寺は古いお寺で鎌倉時代に山形の米沢(現在の高畠町)に建立され、のちに伊達家に保護されるようになりました。
その後伊達家とともに岩出山へ移り、
されらに仙台谷地小路(現在の東六番丁)へ。
そして現在の北山へと移ったのです。

資福寺は政宗が幼少の時 梵天丸と名乗っていた当時、学問を学んだ場所。
父輝宗が梵天丸の学問の師とするべく虎哉和尚(こさいおしょう)を甲斐の国(甲州)より招き入れ資福寺の住職とした。

教育係の喜多に梵天丸が「梵天丸もかくありたい」(自分も不動明王のようになりたい)というセリフは有名ですね。



ちなみに紫陽花と時期を同じくして樹齢320年の木蓮の花も咲いているんですよ。
花の大きさは大人の顔ぐらいもあります。


 


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