仙台人が仙台を好きになるブログ(熊谷屋ブログ 駄菓子屋さんです。)

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仙台青葉まつり

2019/5/28


今までの仙台青葉まつりとの関わりは、
仙台JC時代警備をやったり、子供が仙台二中で行列に参加していたので何度かその年は行列を追って我が子の写真を撮ったり子供たちのサポートしたりしていました。
昨年より、知り合いの誘いで御神輿のお手伝いをしてほしいと前日の組み立てのお手伝いや当日の運行係をやらせてもらいました。




今年も参加しましたが、なんと宵祭りのイベントでメディアテークで行われた「まつりDE学び座」の司会を任されました。祭連の伊達雀さんの雀踊りの演舞と、イズミオッチェンコールによる「御藩祖をどり」の唄と最後にブラ木村こと木村浩二さんによる歴史講話。その中ではVR映像で当時の風景も映し出されました。




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1階のオープンスペースで行われ沢山の人が来ました。少し緊張しましたがなんとか無事終えることができました。




翌日の本祭では運行係でしたが担ぎ手と同じ白丁を着ての参加になりました。
朝の7時に通町小学校に集合して各自着替えて白丁に地下足袋を装着、青葉神社へ向かい準備。御神輿に息がかからぬように紙のマスクをしてます。
9時前に神事が行われ政宗公の御霊を神輿に入れ、いざ9時10分に出発。




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御神輿は藩士会の次で列の後ろの方です。
天気は朝方少し曇っていましたが晴天に恵まれ素晴らしいまつり日和でした。




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担ぎ手は一般参加、鹽竈神社神輿会、東北電力の方々、そして有志によるグループなど多くの方に参加いただきました。
私は担がなかったのですが、ぐるぐる回るあの動きはとてもすごいと思います 。







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みんな怪我もなく終了し、最後青葉神社に宮入りして一切を終えました。




一日中朝から練り歩き、観客の前で神輿を担ぐのはなかなかできない経験で、担ぎ終わった後の達成感も素晴らしいものです。
仙台青葉まつりは、仙台七夕、どんと祭と並ぶ仙台の代表的なお祭りとなってきました。
仙台青葉まつりは仙台市民で作るお祭りだと思います。




特に御神輿の渡御は他の行列や雀踊りなどと違い市民が個人単位でも参加できるものです。一度経験してみたい方や、体力に自信のある方、若い力、来年はもっと多くの参加があるともっと盛り上がると思います。

ぜひみんなで盛り上げましょう!




ちなみに熊谷屋では仙台青葉まつりにちなんで
和菓子の「竹に雀セット」を販売して、大変好評でした。




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全国銘菓奉献会

2019/4/1


3月10日日曜日




今年の初午大祭と同時に第63回竹駒神社全国銘菓奉献会が行われました。この日は天気も良く暖かい陽気でした。




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全国より約200件の菓子が奉献され、我々も奉納に参列しました。




裃に手袋、マスクをして各々の菓子を持って本殿に向かい、一人一人神主に手渡し奉納してもらいます。




一通り神事が終わり、場所を移してお抹茶を頂きました。




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その後参集殿で直会。




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帰りに馬事博物館特別公開していたので寄って行きました。




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Wake Up,Girls!とサメ

2019/2/26


2月23日24日と声優ユニットグループ「Wake Up,Girls!」のライブが仙台サンプラザホールで行われました。

ラストライブということで、今回はサメを三色セット売ることにしました。

ノーマルのブルー、レッド、モスグリーンの三色を揃えました。全部で150セットを用意しましたが、予想を超える反響で皆さんの手に行き渡らなかったことをお詫びします。




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サメは23〜25日の3日間。うち24日日曜日は本店休みのため、特別にエスパル店で販売しました。

もうすでに木曜日からファンの方がお店に来ていましたが、
3日間たくさんのファンの皆さんに来てくださってありがとうございます。
とても忙しかったですが、大変感謝しています。

声優ユニット「Wake Up,Girls!」は解散しますが、熊谷屋はあいちゃんの実家です。
これからもよろしくお願いします。


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跡付丁公園が消滅した時

2018/6/9

平成30年6月9日10日の土日に、春日神社のお祭りがありました。
私が以前「跡付丁公園」に関して書いたブログの内容を境内で展示してくださるというので見に行ってみました。(洗濯ばさみでとめてある)
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春日神社のお祭りは市内でも小さいながらも賑やかな祭りだと思います。私が小学生の頃はよく友達と遊びに行って型抜きをしたものです。
今でも近所の子供達でいっぱいで、町内でやる祭りにしては出店も多くある。
昔ほどではないが今も子供達の賑わいは変わらない。
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境内の展示物には他にもクイズ形式で昔の春日町のことを伝えていて面白い試みだと思いました。その中で「月の湯」の入浴券の写真がありこれは現在のどこでしょう?という問題がありました。答えは現在のSENDAI KOFFEEさんのところだそうです。
私は小学生の頃の同級生で春日町で銭湯を営んでいるところの子がいました。何度か遊びに行ったことがありますが、記憶では春日神社に面する通りだったような気がします。本当はどうなんでしょうね。
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帰りに跡付丁公園の前を通ると新しい看板?
「春日町公園」と表記された看板がありました。いつからだろう?前からあったのに気づかなかったのか。
青葉区の公園課に問い合わせると2年ほど前に名前が変更になったそうです。
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そもそも以前書いたブログの「跡付丁公園」は法務局に行った際に避難場所の地図を見た時に変わった名前の公園だなぁと思い由来を調べたのがきっかけでした。
(下の写真は現在のもので当時見たものは違うかもしれませんが、法務局の下の跡付丁公園という文字が気になったのです)
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それにしても市民にわかりやすい名前にしたのだろうが、どうしてこういう名前なの?と疑問に思うことから歴史がわかる時があるので「跡付丁公園」の名前も残して欲しかったと思う。


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さる(申)年ということで

2016/1/1

あけましておめでとうございます。
今年の干支は申年です。
新年早々こんな話からで申し訳ありませんが、「鬼門」というものをご存知でしょうか。

鬼門とは方角でいうと北東、その方角から鬼が入ってくると言われています。この言葉は中国から伝わり風水から来ていると言われています。また中国の北東から異民族が攻めてくるのを鬼になぞらえたとも言われています。
日本に伝わり独自の陰陽道と合わさり現在の「鬼門」となったようです。

古来、北東の方角の鬼門には守護するためのものを配置します。お城でしたらそこから鬼門の方角に寺院を配置します。仙台城に対する定禅寺や東昌寺や東照宮(お寺ではありませんが)などがそれに当たります。城下町が広がるにつれ鬼門の位置も広がったのでしょう。
東昌寺のマルミガヤの木は鬼門除けに政宗公が植えたとされますが樹齢500年なので真相は定かではありません。


 


 

先ほど述べた鬼門の方角、北東は十二支でいうところの丑寅の方角になります。鬼門と反対の方角の南西は未申
となり、裏鬼門と呼ばれます。そこで鬼門除けに猿などの置物を置くことがあります。

長々と鬼門について述べましたが、ここでやっと今年の干支の猿が出てきました。


仙台の国分町の定禅寺通の北側に「佐正」という仏壇屋さんがあります。
よく見るとその建物の2階部分に猿の彫刻が鎮座しています。
実は先ほど述べた鬼門の方角に猿の彫刻を置いて鎮守しているのです。
実はこれには経緯がありまして、以前ブログに書きましたが、春日町の春日神社の前の通りが本来現在より南よりだったのが戦後の区画整理で北にずれたため、国分町にぶつかるところも道路が「佐正」さんの南側から北側に移りました。
昔の道路だったところの痕跡は残っていませんが、「佐正」さんの隣の建物の位置か、もしくは「佐正」さんの建物の一部になってしまったのか。
とにかく建物の北側が道路に面して露出してしまったのです。

そこで猿の彫刻を置くことによって鬼門を守っているのだそうです。
建物の形状が猿を置くためにたまたま一部凹ましたのか、(鬼の)角(つの)を取ると災いが来ないという謂れもあるみたいです。

鬼門除けに置物を置くというのは以前ブログで兵藤飴屋さんの時にもありました。
兵藤飴屋さんの建物は現在はもうありませんが、「佐正」さんの前を通ったらちょっとだけ上を見上げてみてください。


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資福寺の紫陽花

2014/6/27

仙台の中心部から少し北に位置する北山には昔からのお寺が多い。
その中に資福寺があります。

資福寺は別名紫陽花寺と呼ばれるほど紫陽花がきれいに咲き誇るお寺として仙台でも有名です。


 



6月末、紫陽花が咲く時期になると境内の小書院にてお抹茶が設けられるのです。


お抹茶(菓子つき)は400円。
中に入ると建物の裏側に通され、座敷を抜けると目の前がすぐ池の外廊下に案内される。
板の間に腰を下ろし池越しに竹林を眺めると心が落ち着きます。



抹茶の美味しさもさることながら
目の前に見える風景、気候、場所、
そして菓子…、この全てが揃ったとき本来の味以上に至福を味わえるのではと感じました。
まさにそんなひと時を過ごすことができました。


 


実は抹茶と一緒に出された菓子は白松さんの最中と熊谷屋のハッカなんです。

資福寺は古いお寺で鎌倉時代に山形の米沢(現在の高畠町)に建立され、のちに伊達家に保護されるようになりました。
その後伊達家とともに岩出山へ移り、
されらに仙台谷地小路(現在の東六番丁)へ。
そして現在の北山へと移ったのです。

資福寺は政宗が幼少の時 梵天丸と名乗っていた当時、学問を学んだ場所。
父輝宗が梵天丸の学問の師とするべく虎哉和尚(こさいおしょう)を甲斐の国(甲州)より招き入れ資福寺の住職とした。

教育係の喜多に梵天丸が「梵天丸もかくありたい」(自分も不動明王のようになりたい)というセリフは有名ですね。



ちなみに紫陽花と時期を同じくして樹齢320年の木蓮の花も咲いているんですよ。
花の大きさは大人の顔ぐらいもあります。


 


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