仙台人が仙台を好きになるブログ(熊谷屋ブログ 駄菓子屋さんです。)

オリンピック バドミントン金メダルは伊達の精神で勝ち取った!

2016/8/27

2016年、リオオリンピックのバドミントンダブルスで見事金メダルを獲得したタカマツペア、おめでとうございます。

高橋選手と松友選手といえば仙台市にある聖ウルスラ学院英知高等学校出身ですが、
その一本杉キャンパスの敷地はもともと伊達伯爵家邸宅がありその建物を最初使用していました。
伊達家とゆかりがあるということもあり今も授業で、伊達藩作法を学んでいるそうです。



その伊達家伯爵家邸宅について書きます。

もともと家臣佐々氏のもので、最後の第14代伊達藩主 (30代当主)伊達宗基が版籍奉還以後仙台城より移住する際に
家臣佐々氏の下屋敷を買収したものです。
聖ウルスラ学院て使用していた建物は
その後、邦宗が明治38年(1905)に建て替えたものです。
ちなみに宗基は慶邦の四男ですが、
同じく慶邦の七男31代当主邦宗は養種園を敷地内に開き(現在若林区役所の敷地南側)昭和の終わりまでありました。現在は農業園芸センターへ移転しています。私も幼い頃親に連れられてチューリップを見に行った記憶があります。

建て替えられた屋敷の設計は山添喜三郎によるもので、山添喜三郎という人物は新潟出身の船大工で初めて欧米に渡り西洋建築を習得し、明治5年に開催されたウィーン万博博覧会の日本建築の設計監督を任されたました。 他に三居沢発電所の建物やや登米尋常小学校なども手がけたというすごい方です。

伊達家伯爵邸の建築資材は樹齢200年以上の上質の杉材が用いられ重厚な造りとなっています。
昭和22年、昭和天皇の行幸の際に宿泊所となり、一時知事公館ともなりました。
聖ウルスラ学院の施設として使われるようになったのは昭和58年になってからです。

その後仙台市に寄付され、
現在その建物は旧伊達邸として茂庭の鐘景閣に解体復元され、今もなお見ることができます。

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フカヒレといえば気仙沼のサメが有名ですよね

2016/8/7

8月6日7日と仙台でWake Up,Girls!のイベントが目白押しと、七夕ということもありたくさんのお客様が来店しました。

たまたま、店主の気まぐれでサメを8月6日に販売しましたが、今回は珍しく販売2日前に告知をしました。

6日当日は10時から販売したのですが、
開始とともに店の前がものすごい行列になりました。

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サメは200個用意して充分間に合うかと予想していましたが、行列がなかなか絶えないので、
せめて炎天下の中並んでいる方々だけは必ずこうにできるようにと個数制限をかけさせてもらいました。

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なんとか並んだ人たちには間に合ったようで、
サメもお昼過ぎには完売しました。

その後もサメを求めていらっしゃるお客様がいたので、気まぐれで急遽翌日の7日にもサメを販売することに決定しました。
7日のサメはピンクのサメです。

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こちらも朝からお並びいただいて、数も多めに用意したので個数制限することなくお昼過ぎに完売することができました。

ご来店くださいました皆様、ありがとうございました。

また、気まぐれでサメを販売する時はよろしくお願いします。告知は突然ですが。


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楽学プロジェクト2016

2016/8/7

今年で3年目となった楽学プロジェクトの講師、7月28日29日に行われたうち初日の午後に「和菓子の仕事」として講師を務めさせていただきました。

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毎年様々な生徒が参加しますのですが、
今年の参加者はみんな真面目?どちらかというと静かな感じでした。
そのせいか作業もたんたんと行ない、昨年より早く終わってしまいそうなペースでした。
昨年がかなりオーバーしたので逆に今年はちょうどいい感じの時間でしたかね。


講座は和菓子の仕事ということですが、
せっかくですので最初に仙台駄菓子の歴史についてお話しさせていただきました。
パワーポイントを使って写真やイラストを見せて説明しました。

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次に普段仕事で使ってる道具の説明と、
その道具を使っていくつかお菓子を作ってみせました。

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それから今日作る練り切り菓子の作り方のレクチャー。
昨年からあんこを包む作業をさせていますが、みんな上手にできていました。

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最後にみんなでお抹茶を点てて、抹茶をいただきながら総括として、質問などを受けました。

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感謝状をもらいお礼の言葉もいただき、
終了したところで、
一人の女の子が名刺を持って私のところへ近づいてきました。
何の営業だろう?と思いながら名刺を受け取ると、
「あのぉ…、これ父の名刺です。」

見ると、なんと同級生の名前が!
つまり高校の時の友達の娘さんだったのです。
ものすごくびっくりしました。
その娘に「とても勉強になりました。」と言われ、私も嬉しかったです。


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テレビの収録で東京の月島まで行ってきました

2016/6/16

6月14日に東京の月島にてスタジオ収録があり、向かいました。
番組名は 東京MXの「未来展望」。
司会は長谷川豊アナと阿部哲子アナです。
少し前まで釈由美子さんがアシスタントをしていた番組です。

※番組紹介未来展望ホームページより

さまざまな業界で奮闘するトップリーダーや、革新者たち…

目まぐるしく変化する社会情勢の中、
いかなるビジョンを持ち、
どのように会社や事業の舵を取っていくのか?

老舗企業に根付く、伝統・文化・理念…
成長企業の挑戦・改革・新サービス…

事業を成功に導く鍵、事業成長と継続の秘訣を
長谷川豊と阿部哲子が紐解きます。


朝の8時半に仙台を出て新幹線で東京まで、途中池袋の宮城ふるさとプラザに挨拶して月島に向かいました。宮城ふるさとプラザでは熊谷屋の商品が購入できます。仙台から東京まで1時間半で行けちゃうんですね。
月島といえば言わずと知れたもんじゃ焼きが有名ですが、収録前に服を汚してはいけないとパスしました。

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今回の会場はここです。

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中に入って大阪の蒲鉾屋さん、大寅さんと一緒に打ち合わせ。市川社長はとてもいい方で一安心。

本番が始まってみなさんと会話するも緊張で口の中がからっから。

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何とか最後まで終え、一段落。
でも緊張のあまり記憶が飛んであの話は言っただろうか、この話はちゃんと話しただろうかと不安になる。


何はともあれ無事収録完了しました。

この放送は7月11日(月)8:00~8:30に放送されます。
恥ずかしいですが、見ていただければ嬉しいです。 


コメント (2件)

  1. 飯岡健一 より:

    未来展望を観ました。鮫の練り切りに惚れました。形良し、色合い良し。特に、水色が、鮮やかで、爽やかで、とても素敵です。そして、鮫の生命力がこもっていて食べるとうんと元気が出そう、ですね。通販があれば、一年中注文してしまうでしょう。

    1. admin より:

      飯岡様
      ありがとうございます。
      サメの表情をあの中に表現するのに苦労しました。その表情の中に恐さもありかわいさもあり、見る人によっていろいろな見方をしてもらえればと思います。
      残念ながら通販は行っておりませんので、本店のみの販売になります。

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へくり沢探索ツアー

2016/6/4

3年前から柏木市民センターではへくり沢について講座が行われてきました。
最初は3〜4回に分けて講師を呼んで講座がありまして、私はへくり沢に興味があったのですべての講座に参加しました。

【へくり沢おさらい】
仙台城下町の北西に位置する深い沢、現在の八幡町あたり。
そこにかかる橋を土橋といい、そこに通ずる道を土橋通りと呼んだ。
へくり沢はどこなのか、土橋はどこなのか、なぜ土橋通りと呼ぶのか、幾つかの疑問を持っていたところにちょうどこの講座があったので参加しました。
その後講座を受けた人の中から有志で昭和33年の仙台市の地形模型を製作し、翌年には今野さんの描いた絵を参考に八幡町界隈のジオラマを作製。いずれもへくり沢の地形が詳しくわかるものでした。

この事業は4年間と決まっているそうで、今年がラストイヤー。その集大成で完成直後まずは一般の方を迎え事業報告会、そして翌年の柏木市民センター祭りで来場者への披露及び説明、
さらに実際にへくり沢跡を受講者たちが今までの知識を元に市民(まち歩き参加者を募り)に説明しながら歩く事業を行いました。
すでに去年の11月に2度行っており、今回は3度目。

今回のスタッフメンバーは柏木市民センター小野館長と山内さん、有志メンバーより私の他、北波さん、三品さん、鹿戸さん、付き添いで青葉区中央市民センターのお二人。その他、春日神社待機組が今野さんと皆川さんです。

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今回6月4日に行われ、この日はとても天気が良く、良すぎて日焼けしてしまうほどでした。
前回の集合場所は柏木市民センターでしたが今回は知事公館です。

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ここはすぐ下に新坂という坂があります。新坂というからには新しい坂です。そしてそこへ向かう道を新坂通りと呼びます。
現在の新坂通りはそこから大学病院を越して北側に位置します。そこは新坂町がありますがそこから南には大学病院に突き当たります。
しかし本来なら大学病院ができる前は道があり、さきほどの新坂まで繋がっていたのです。
ちなみに大学病院ができて寸断された時は西側脇に新新坂通りが作られました。

新坂は新しい坂と申しましたが、これはへくり沢を渡るために元禄年間頃に新しく作られた坂という意味です。

館長さんの挨拶と北波さんの解説。

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まずは15人ほど参加者が集まり2班に分かれて出発しました。
最初は知事公館よりすぐ下にある東北で最古の板碑、澱橋不動尊。

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それについて一通り説明が終わると何やら隣の民家に移動してここには大砲の弾があると説明してくれました。
説明してくれたのはそこに住む方でした。何やら集まっているのを見てせっかくだからと庭の敷地に入れていただきました。他人の家なので本当は入っていけないのですがご主人自ら説明してもらい、思わぬ偶然にラッキーでした。この砲弾はロシア戦争の時のものらしいです。

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そこからへくり沢の河口にあたる地域を歩きました、ここは暗渠で現在、住宅地になっています。ちょうど尚絅女学院の裏の崖です。

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上の写真は下の写真の住宅の真ん中を通る道路を歩いているところです。

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とても深い崖になっていますが、普通河口でしたら浅く広がりをみせています。しかしその昔へくり沢と広瀬川は平行して流れていて、流れの速い広瀬川にその一部を取られてしまったのです。いわゆる河川争奪で途中からもぎ取られたため本来の河口部分が無くなり深い沢からいきなり広瀬川に流れるような形になったのです。

集落を抜けると壁にぶち当たります、この壁こそが土橋なのです。よく見るとジグザグにつたって上に登る道があります。国道48号戦から尚絅女学院へ向かう途中両側を見ると両側は深い崖のようになっています。つまり沢を横切るように道が走っているのです。

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土橋に上がってから疱瘡神を見学。
これは一見何でもないような石ですが、ここを工事した時に掘り起こされ、その後、実はたいへん古いものだと判明しこの場所に祀られたそうです。

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我々がここから移動しようとした際にここの町内会長さんが声をかけてきて疱瘡神について当時の事を話してくれました。掘り起こされ時は単なる石と思われ捨てられたのですが後から貴重な歴史的石だということがわかって一生懸命探したそうです。誰も見向きもしない石を一生懸命見ている人達がいたので声をかけたそうです。
当時の話を当事者から聞くのはとても貴重でした。

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土橋の反対側に周り、急な斜面を下りて行きました。ここもへくり沢の深い崖です。
その昔、戦前ここには旧制ニ高のアイスホッケーのリンクがあったそうです。
当時リンクを管理していた庄子さんのご子息がそこに住んでいてお話を聞くことができました。

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現在は建物が建っていますがそこにリンクがありそこに張った水はへくり沢の水ではなくもともとは四谷用水の水だったのだそうです。四谷用水とへくり沢が交差する春日神社の掛樋から12月の5日間朝の8時から夕方の5時までへくり沢へと解放したのです。そしてリンク使用中、へくり沢はリンクの下を流れていたらしいです。

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なぜここにリンクを作ったか?ここはスペースがあり深い沢で日陰なので氷がなかなか溶けにくいことが理由にあげられます。
大きさは30m×60m、これらのことは尚歯会の文献に残っているそうです。

このあとへくり沢の暗渠に沿って遡り石切橋まで移動しました。

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ここまでくるとへくり沢はある程度細く浅く、渡りやすくなりこの橋を通って昔の人は西側と東側の往来をしていました。
逆に言えばここしか橋が渡せず、中島丁の侍もみな遠回りをしてここを通ることになります。
ここは昔の欄干の名残があります。

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春日神社に移動して待機していた今野さんが説明をしてくださいました。
社殿の中に掛けられた今野さんが子供の頃の昭和15年頃の記憶をもとに本人の描いた八幡小学校界隈の絵図を見ながら、説明を受けました。質問も多く出てなかなか終わらなかったようです。

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春日神社の社殿より参道入り口の鳥居までいくつか段差があり、その途中を四谷用水が横切っています。神社より東へ30mほど行くと昔四谷用水の水を使って洗い物をしていた洗い場跡があります。

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今回はへくり沢がメインなのでいったん戻り、いわゆる赤道(あかみち)となった暗渠を辿ります。この赤道は春日神社脇の四谷用水と交差するところから国見小学校あたりまで続く遊歩道になっています。

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交差の場所はあの「プラタモリ」でタモリさんも訪れたところ。

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赤道をしばらく進み、道は更に続くのですがタコ公園のところで右折して土橋通りに出て柏木市民センターへと向かいました。
市民センターに着いて総括をしたところで解散。

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ひっそりと佇む弁財天と梅田川の源流

2016/6/3

4月22日に国見ヶ丘にある弁財天でお祭りがあるということで、
普段閉まっているお堂の中が見れるかもと思い行ってみました。
時間の都合上、朝早い時間に訪れたところ
幸いにもすでに祭りの準備は整っておりお堂も御開帳されていました。

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中には綺麗な観音様とその両隣には歴代の僧侶のリアルな像が2体安置されていました。

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ここは仙台市の有形文化財に指定されており、臨済院敷地の奥は公園として整備されています。その中には歴代僧侶のお墓もあります。

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立看板内容によると

「仙台市指定有形文化財(昭和62年9月11日指定)
臨済院は、元禄14年(1701)に仙台藩四代藩主伊達綱村により開基された黄檗宗寺院である。この弁財天堂は、三間四方の宝形造で頂上に露盤、伏鉢、宝珠を載せ、向拝部には虹梁など江戸中期の様式的特徴が認められる素木造の簡素な建物である。堂内には、
彩色の弁財天座像を安置している。
かつては大寺院であったが、現在はこの堂のみが残り、茅葺であった屋根を昭和63年の解体修理工事の際に銅板葺とした。解体時に屋根裏から「宝永」と記された棟札とみられるものが発見されたことから、建築年代は宝永年間(1704-1711)と考えられる。
周辺は、歴史公園臨済院公園として整備されている。
平成11年2月 仙台市教育委員会」

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黄檗宗に傾倒した第4代仙台藩主伊達綱村公が元禄14年に角五郎丁に作らせたのが始まりで、その後第5代藩主伊達吉村公により正徳5年に吉成へ移されたそうです。
吉成という地名がいつからあったのか、ここの国見ヶ丘のことを指しているのかはわかりませんが。
明治に入り廃仏毀釈でそれまで寺領と藩の保護を受けてきた臨済院は檀家を持たないため廃寺となってしまいました。

その後、弁財天堂のみが残り地元の人達に守られてきました。

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そしてお祭りは毎年4月22日に行われているそうです。
なぜ4月22日にお祭りかと地元の人に尋ねたら由来はわからないがずっと昔から曜日にかかわらず決まってその日に行われてきたそうです。

弁財天はもともと弁才天だったのが財と音が似ていたことから財宝神として現在のように弁財天と書かれるようになったとか。



弁財天堂の周りには小さなお堀のようになっており水が張っています。また裏側には小さな池があります。
水は赤く鉄が錆びたような色です。

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実は七北田川に合流し海に流れている梅田川の源流がここなのです。
北仙台駅の北側の堤町は昔堤(池)がありここから採れる土を使い堤焼を作っていました。
赤茶けた色はこれと共通しているのではないかと思います。
また、中山のうどう沼公園の奥の湿地帯も同じよな赤い土、赤い水なので直接川で流されて下流に行ったのではなく同じ土の層なのでしょう。

ちなみに私なりに弁財天より梅田川の開渠となっているところまでどのようになっているのか辿ってみました。
あくまでも推測ですが。
【写真奥が弁財天】

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そのまま手前に進むとサンクスの脇に出る(傾斜的にも妥当なのかなと)

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そこからさらに道路を横断して向かいのクリーニング店の脇を進む

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【この下を流れているのかと思わせるマンホール】

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そして福祉大の敷地へ入る

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と思いましたが、やはり国見ケ丘2号緑地を経由して梅田川へ流れるのが順当なのか、
分水嶺は実際歩いてみないとわからない。

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コメント (2件)

  1. バッケ より:

    この記事を見つけて感動しました。
    時折、巳の日に参拝してて、案内文にある「彩色の」を目にしてからは、いつかお目にかかりたいと、御開帳の日があれば知りたいといました。
    1度、いらしたご近所らしき方に尋ねたときは祭りが近くなるとのぼりが立つとのお話で機会を探っていましたが、今年は既に過ぎた模様。
    でも、画像をあげてくださって、願いがかないました。
    お祭りの日もわかることができました。

    お手水場には小さい竹ざるがあり、前はなかったので水面の汚れとりと思いましたが、後から違うのに気づきました。
    手に取って銭洗いをする者に便利です。
    ご厚意で置いてくださって地域の方々のお心を感じられる場です。

    余談ですが、弁財天様は近場で探した事があって、新坂通りの交差点角の荘厳寺を訪れた事があります。本堂後ろにお堂がありました。

    梅田川は貝ヶ森小学校近くの橋のところが人の手が入らずにあり一番好きな眺めです。
    山手町の辺りでは流れに沿って遊歩道があり、歩いてると飛石がありました。
    七十七銀行の近くでは魚が泳いでたことがありました。
    水源を辿ると弁財天堂から先がわからなくてここなのかなで終わってました。
    やはりそうでしたか。

    1. admin より:

      バッケさん
      御開帳の日は私もたまたまネットで見つけて、当日を待って足を運びました。

      梅田川は北山トンネルから出たところの橋の下には今も大きな鯉が泳いでいますよ。

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瑞鳳殿 「奉納の会」

2016/5/10

平成28年度 奉納の会が5月10日に行われました。

これは仙台藩祖伊達政宗公を祀る「仙台青葉まつり」に合わせて、
産業や工芸の奨励を行った公の偉業を偲び
感謝の意を表するために地場産品を公の御墓、瑞鳳殿に奉納するものです。

ここ数年はいつも天気が良いのですが、今年は朝から生憎の雨の中で執り行われました。
今年は「G7仙台財務大臣・中央銀行総裁会議」が控えており、意気込みも皆ひとしおです。

熊谷屋からは仙台駄菓子の箱詰を奉納させていただきました。

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フォーラムで映画「殿、利息でござる!」を見てきました。最後は感動の涙でした。

2016/5/10

宮城で先行公開の映画「殿、利息でござる!」を公開翌日の5月8日(日)に仙台フォーラムにて見てきました。

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会場は朝から満員御礼で、その次の時間帯では舞台挨拶もあったようです。
仙台フォーラムは1999年に開館して、徐々に認知度も高まり今では「熊谷屋さんはどこらへんにあるの?」と聞かれるとフォーラムの斜め向かいと答えるだけでだいたいわかってくれるほどです。フォーラムさんのおかげで北鍛冶町も以前より老若男女多くの人が訪れるようになりました。

話は戻して
この映画は仙台市より北に位置する黒川郡の大和町は吉岡宿で実際あった話だそうです。
現在もその場所にある穀田屋さんのご先祖様が主人公になるのですが、
実はその右隣の酒屋さんが児玉商店さんで、先日吉岡神社の島田飴を作っているとブログに書いた兒玉(こだま)さんのお店なのです。
映画には地元の方が多数エキストラで出演しており、その中に児玉さんも参加しているとのことで、映画を見にいきました。それがなくても地元映画ですし内容も面白そうですし、キャストも宮城にゆかりのある人でしかも豪華な役者さんがずらっと出演していたのでとても興味深く思っていました。
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阿部サダヲさんが主演なのですでに面白い映画という頭で見ていたんですが、
まさか涙が出るくらい感動するシーンがあるとは思いもしませんでした。

結局、エキストラの中から児玉さんは見つけられませんでしたし、セリフもあったという本間ちゃん(本間秋彦氏)も全然わかりませんでした。

「肝煎」(きもいり)、「大肝煎」(おおきもいり)という言葉を初めて知りました。
約2時間という時間は面白くてあっという間に過ぎてしまいましたが、充分楽しめました。
また吉岡に行ってゆかりのある場所をあらためて訪ねてみたいです。
とてもオススメの映画なので皆さん見てはいかがでしょうか。
そして是非吉岡宿を訪れてみてください。

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吉岡宿はここです

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半子町の藤

2016/5/8

先日新聞に半子町の藤が一般公開されたと載っていたので、日曜日に見に行ってみました。

門が開く前からけっこうな人が待っていました。

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この時の時点でまだ5分6分咲きといったところでしょうか。

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ここの家は一般の家なのですが、政宗公時代に御大工の棟梁をやっていて、当時朝鮮から持ち帰った臥龍梅を特別に分けてもらい、今に至っています。

樹齢は約420年ほどと推定されます。

アクセスは
JRで仙山線東北福祉大前駅、
バスで子平町-北山循環で、壽徳寺前で降車となります。

 


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東日本放送のスーパーJチャンネルみやぎ

2016/5/2

4月22日(金)に東日本放送KHBの「スーパーJチャンネルみやぎ」内で熊谷屋の上生菓子を紹介していただきました。
内容といたしましてはむすび丸やイクスカのすすめちゃん等かわいい生菓子を紹介するとのことでした。

そしてなんとこれは生放送の中継だったのです。
中継で来られたアナウンサーはこちらもかわいい森遥香アナ。

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Jチャンネルの全国版が終わりローカル版が18:15から始まるので、
スタッフはその2時間も前の16時から来て準備やリハーサルをしていました。
17時頃からは私も含めリハーサルを開始、細かい動きやカメラ回しなど何度もチェックしていました。
実際放送されたのは18:22から約3分間ほどでしたが、それまでの準備に要した時間は約2時間半。
たった3分間のためにに2時間半はすごいですよね。普段何気なくテレビを見ていますが準備にものすごく時間と手間がかかっていたのですね、関心しました。

むすび丸を試食

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サメも紹介してもらいました。

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