仙台人が仙台を好きになるブログ(熊谷屋ブログ 駄菓子屋さんです。)

カテゴリ:独り言

平成26年度 奉納の会(瑞鳳殿)

2014/5/12

瑞鳳殿は伊達政宗公の眠る墓所です。





5月17日18日の仙台青葉まつり開催にさきがけ、瑞鳳殿で
5月9日「奉納の会」が開催されました。
地場産業発展の礎を築いた仙台藩祖 伊達政宗公の御霊にあやかり
地場産品生産者らが集い、藩祖政宗公に自社製品を奉納し
感謝とともに今後の発展を祈念するものです。

当日は青空のもと行われ39社が参加しました。
奉納は仙台伊達家第18代当主伊達泰宗氏ほか来賓の方の拝礼の後、2社ずつ順番に執り行われました。
奉納の際ご開帳された政宗公の本像を拝見すると何か身の引き締まる思いになります。


 



一通り終えたところで雨がポツポツと降ってきました。
早々に記念写真をとり一切を終了することができました。


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石巻被災地訪問

2014/5/7

石巻訪問事業

私は仙台北法人会の青年部会に所属していまして、その中で復興支援委員会による『被災地(石巻・女川)訪問・交流事業』に参加して現状を視察してきました。

3月の8日9日の二日間でちょうど3.11に奇しくも近い日程で行くことができました。参加人数は16名ほどで、天気は2日間とも晴天に恵まれました。

1時に仙台を出発し2時過ぎ、初めは宮城エキスプレス(株)様を訪れました。
ここは石巻市で三番目に津波避難ビルの認定を受けた建物で建物内には震災に関連する写真や新聞記事などが展示されている階があり、それらを見ながら宮城エキスプレスの方にお話を伺いました。避難ビルというだけあってヘリポートも設置されていました。
宮城エキスプレス(株)外観


石巻日日新聞社の壁新聞


小学生の手作りマップ


 


宇都宮光博常務より説明を受ける


ヘリポート



次に向かったのが石巻ルネッサンス館。ここで石巻法人会青年部会メンバーと意見交換会。
石巻法人会青年部会メンバーの(株)ノーズジャパンツアーズの山田様からスライドを交えた体験談を聞き、津波の際の状況、社員への指示、そして会社が現在に至るまでの苦労をお話ししていただきました。


会社という側面から震災について話を聞き、生々しい話もあり改めて今までメディアで知り得た苦労とはまた違うものを知ることができました。



その夜は石巻法人会青年部会さんと懇親会を開き石巻の現状、仙台市内の現状、そして我々がやれることなど意見交換をしながら、いろいろ問題を抱えている中で彼らは悲観的にならず前向きに生きていることよくわかりました。


翌日二日目は石巻法人会青年部会会員である(株)松弘堂の松本様に石巻〜女川で被害の大きかったところを案内してもらいました。
まちなか復興マルシェから出発し、すぐ裏手にある日和山に登りそこから眼下に見える石巻の街の状態を確認しました。



日和山の裏側と違い山より海側の地域は被害が激しい、裏側は日和山のおかげである程度津波の威力が半減したのだろう。


 



その後女川に移動。
高台にある女川町地域医療センターにから女川の街を望む。
メディアで何度もこの場所からの映像が流れ知る人も多いでしょう。
実際津波は海抜16mにあるこの医療センターの1階まで押し寄せたそうです。


 


 



瓦礫ほとんど撤去が完了した今でもこうして土台ごと横倒しになった建物はいくつか残っていました。3年経った今でも復興はまったく進んでいないという状況でした。

再び石巻に戻り松本様 が取りまとめをしている(社)石巻元気復興センターの事務所に場所を移し震災当時のお話や石巻の街の復興のために尽力しているお話を聞きました。



その中で石巻元気復興センターでは地元の企業を巻き込んで商品販路拡大してきて、復興マルシェはもちろんインターネットからも購入できます。
http://ishinomakinet.com/genki/
我々も復興マルシェでお土産を購入し石巻にお金を落としてきました。
また今回参加できなかった仙台北法人会の会員にも事前に注文を取り購入してもらいました。



これからもわれわれにできることを考えていきたいと思います。
仙台北法人会青年部会では震災孤児のための募金活動を行なっております。街で我々の募金活動を見かけた際はぜひご協力くださるようお願いします。



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「みつづける、あの日からの風景」

2013/8/11

3.11定点観測写真アーカイブ・プロジェクト 公開サロン「みつづける、あの日からの風景」

せんだいメディアテーク1F オープンスクエアで8月3日で行われました。
NPO法人20世紀アーカイブ仙台の佐藤さんに頼まれてゲスト(他に佐賀さん)として出演してきました。
と言っても私が撮った写真数枚をスライドで見ながら、その時の状況や何を撮ろうとしたのかいつ撮ったのかどうしてこの写真を撮ろうと思ったのかなどを佐藤さんと会話形式で話す程度でしたが。

そして話を聞きに来てくださった市民の皆さんやボランティアの学生さん達らに震災当時個々の状況を聞かせもらいました。それぞれの状況や立場でいろいろ違うんだなと(当たり前なんですが)今更ながらに感じました。
また定点観測で海に近い田んぼの震災当時の写真と1年後の写真、2年後の写真と比較して稲が育っているのにはびっくりしました。当時、減塩にがかなりの年数がかかるだろうとされていたのが2年で復活するなんて誰が想像したでしょうか。(場所にもよりますが)
こういった写真資料は他の地域でもし同じような災害が起きたとき、復旧再生までの目安になるのではとも思いました。
来場した市民の方の中にはやたらと写真を撮ることはどうかというご意見もありました。
それはtwitterなどのSNSが普及し写真をやたらと撮ってネットにアップし、位置情報などがついてプライバシーが侵されるといった理由だったと思います。(間違っていたらすみません)
しかしそれは、震災写真云々以前の問題であり、個々のマナーでありここで議論することではないでしょう。
そもそもこの企画もそういったSNSを活用して撮った写真が今も市民の携帯にたくさんあるだろうから、それを掘起し資料として集め整理し、また定点観測などをして今後に活用していこうという試みなのです。
それらが将来本当に役に立つのかはその時になってみないとわかりません、しかし今それをしないで将来集めようとしても困難を期します、だから今集めるのです。
20世紀アーカイブ仙台の佐藤さんは前回お話した「どこコレ?–おしえてください昭和のセンダイ」も携わっています。昔の写真資料はあるていどもの(たとえば新聞に載るような)は手に入るでしょうが細かい資料は市民の中にたくさん埋もれているのに世に出てこないものがほとんどです。
こういった苦労を踏まえて、現在、デジタル化して(失敗を)躊躇なく撮れる時代だからこそたくさんの資料を集められる機会だと感じているに違いありません。
是非みなさんのご協力をお願いします。

※今まで集められた写真はこちらで見ることができます。→http://www.sendai-city.org/311.htm/


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どこコレ?–おしえてください昭和のセンダイ

2013/8/10

「どこコレ?–おしえてください昭和のセンダイ」
せんだいメディアテーク7階南側ラウンジで7月20日(土)から8月25日(日)まで展示されている昔の仙台の街の写真。


市民が撮った写真なのですが、ずいぶん昔のことなので撮った本人もその写真がどこを撮ったのかわからなくなっている。貴重な当時の資料ですがどこなのかわからなければ意味がありません。そこで他の市民の記憶を借りて場所を特定しようという試みです。
1月にも行われ今回は第2弾ということで、前回確定したものも展示されています。
あまり特徴の場所の街並みを撮った写真なので、本当に地元(近所)の人しかわからないような写真がほとんど。
熊谷屋からも何枚か写真を提供いたしました。
ぜひ足を運んでお力をお貸しください!


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宮城県沖地震の年にできたんですね

2013/8/1

エスパル開業35周年
先日エスパルの仙台会に出席してきました。
例年この時期に行われるもので、各オーナーに事業報告が伝えられ、そのあと懇親会に移ります。
今年は例年と異なり、
開業35周年ということで盛大な記念パーティーが用意されました。

会場には昔の仙台駅の写真が展示されていました。
35年前といえば、私が小学校1年生の時。
その年は宮城県沖地震があった年でした。
エスパルの開業は当時の私の記憶にはありませんが、そんな大変な時期にオープンしたんだなと、しかもまだ国鉄の時代に単なる駅ビルではなくファッションビルとしてオープンしたのは斬新だったのだろうと想像がつきます。





仙台駅では初代仙台駅舎の写真を探しているそうです。もしお持ちの方はご協力いただければと願います。


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地を這う龍の如き臥龍梅

2013/4/13

先日、北六番丁の臥龍梅を紹介しましたが、今週他の二つの臥龍梅も見てきました。
一つは瑞巌寺の境内にある臥龍梅。
現在修復工事中で直接近くには行けませんが、特別公開中の庫裡の建物の中から見ることができました。残念ながらまだ全然咲いてはいませんでしたが、枝っぷりは見事なもので満開になった臥龍梅はとても立派なものだということは容易に想像できました。

もう一つは桜岡大神宮脇にある臥龍梅で、明治8年(1875年)に分植されたもの。


この他にも若林城(現在の宮城刑務所敷地内)と瑞鳳殿の臥龍梅があります。
宮城刑務所のは普段は見ることができませんが、11月に行われる「矯正展」の際に一般公開されます。(公開時間は決まっています)したがって残念ながら梅の花を見ることはできません、また写真も禁止です。
瑞鳳殿のものは昭和54年(1979)、瑞鳳殿再建を記念して植樹されたもの。

ちなみに臥龍梅とは違いますが、近所の木町通小学校校庭内にある梅の木についても少し紹介します。
樹齢はよくわかりませんが小学校創設以来と考えると明治からあるようです。
毎年立派な花を桜の時期に咲かせるので、一瞬桜かと見間違うほどの咲きっぷりです。
老齢なこの梅の木は倒木の危険性があるということで一度伐採の案が出たそうです。しかしながら樹木医に相談したところ適正な処置をすればあと50年は大丈夫だろうとのことで、これからも咲き続けることができそうです。

 


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仙台歴史民俗資料館にて特別展「おやつ~今や昔の甘味事情~」

2013/4/1

仙台歴史民俗資料館で開催中の「おやつ~今や昔の甘味事情~」を日曜日に見に行きました。
先週茶話会があって、あとでゆっくりと展示を拝見しますねと言ったものの、夕方4時ごろ到着しました。

そそくさと展示室に向かい、展示物を見ました。
我々のような菓子職人の紹介やお菓子の他、おやつと言えるものを様々展示していました。



そうだね、焼きおにぎりもおやつだったね、果物もおやつだったね。おやつってお菓子だけじゃないものねぇ…などと思いながら見ていました。
私の子供の頃のおやつと言いますと自分家のお菓子はもちろんなのですが、小学生の頃はよく友達と近くの駄菓子屋(一銭店屋)に行き少ないお小遣いを持って吟味しながらお菓子を買って食べた記憶があります。
その店も低学年のうちに店を辞め当時ではかなり早いコンビニ(サンクス)
に変わりました。
その後は小学校の裏にあった駄菓子屋でチェリオを飲んだり三色トリオ(アタリ付きアイス)を買っては当たり棒を交換してもらいました。それと当時はガチャガチャでキンケシ(キン肉マンの消しゴム)が流行っていたっけな。
遠足の時に自分でおやつを用意するようになってからは春日町の駄菓子屋(ファンシー文具なども取り扱っていた)で少ない金額でたくさん買って荷物の半分以上はお菓子で友達にびっくりされた。(笑)
あらためて思い返すと懐かしいなぁ。
館長さんへ
展示室に人気のおやつアンケートを記入するところがありましたが、うちの子供に仙台駄菓子を2票入れさせたので無効にしておいてください(笑)

そのあと昔のオモチャのある部屋で子供と夢中になっていたらあっという間に閉館時間になってしまいました。
4月17日まで開催しているので興味のある方、お時間のある方はぜひご覧ください!
またおもしろい企画がありましたら行きたいと思います。

 


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特別展「おやつ~今や昔の甘味事情~」

2013/3/27

平成24年11月17日(土)~平成25年4月14日(日)まで仙台歴史民俗資料館にて特別展「おやつ~今や昔の甘味事情~」という展示がされています。
その期間中のイベントとして茶話会「仙台駄菓子のお話~菓子職人さんを囲んで~」が3月23日に行われました。
今回熊谷屋の職人として私が呼ばれたわけですが、なんと参加者の皆さんは20名も来てくださいました。
中には虎屋文庫の方もいらっしゃいまして、びっくりしました。
会は熊谷屋の仙台駄菓子を8種類ほど資料館側で用意していただきそれらをお茶と一緒につまみながら話を聞くスタイルで、私は学芸員の畑井さんと会話形式でお話を進めていきました。
ちなみにその際に出た仙台駄菓子は「うさぎ玉」「うめぼし」「ゆびわ」「ハッカ」「黄金」「こうせん」「黒パン」「しぐれねじり」。
このように皆さんの前で講話をするのは不慣れではありましたが、学芸員の畑井さんの進行のおかげで楽しく過ごすことができました。



途中参加者の方々からいくつか質問もいただき、中には昔購入したささらあめを今も大切に冷凍庫で保管していらっしゃるという方もおられました。大変うれしい限りです。
企画展示物についてはあとでゆっくりと見に行きます。
4月14日まで行われているのでみなさんもぜひ見に行ってください。

 


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梅に鶯、本当はメジロのことだったの!?

2013/1/23

熊谷屋では春に先駆け今、うぐいす餅を販売していますが、うぐいす餅はその鮮やかな緑のきな粉が特徴です。

さて、みなさんは本物のうぐいすってすぐにイメージできますか?
羽は鮮やかな黄緑がかった緑色で春に♫ホーホキェキョーと啼く…
そんなイメージをもたれてるのではないでしょうか。
実はうぐいすって見た目がけっこう地味なんですよね、鮮やかとはほど遠いくすんだ色をしているんです。

うぐいすでちょっと調べてみたところ、「梅に鶯」という言葉がありますが、この鶯とは実はメジロの間違いだったという説がありました。メジロは目の周りが白いのを除いてはまさにみなさんが浮かべるイメージにぴったりなのです。だから間違えても仕方がないとも解釈できます。
また、花札に描かれているうぐいすもメジロの色に似ています。
しかしながら、はたして本当に単なる間違いなのでしょうか?
いくつかの説を照らし合わせて自分なりに解釈すると、そんな簡単に間違うものか?と思います。
メジロは「ホーホキェキョー」とは啼きません、また、花札のうぐいすは目が赤いです。花札に描かれているうぐいすは恐らく実際の色では派手さに欠けるので装飾しているのでしょう。
日本絵画で「梅に鶯」と題される作品を見ると確かに鮮やかな色をしたものもありますが、恐らく手をくわえたもので、ほとんどのものが写実的な色で表現されているのがわかります。
そもそも「梅に鶯」の言葉の意味は「梅と鶯は取り合わせがよい」ことです。
だから、この「梅に鶯」という言葉のうぐいすはメジロではなくうぐいすなのです!
と言い切りたいところですが、さらに調べてみると梅に蜜を吸いに来るのはメジロであって、藪の中で昆虫を食べるうぐいすは梅の木で見ることはほとんどない…らしい。
実際、梅の木にとまっているかどうかは別として、春になると庭先でうぐいすの啼き声が聞こえ春を感じるのも確かだ。我が家には梅の木はないが梅の盆栽はあるので家の中でその啼き声を聞きながら梅の木にうぐいすがとまっている姿を勝手に想像するのであった。
ともあれ、うぐいすは春告鳥とも呼ばれ、啼き声を聞くと春が来たのだなぁと感じるものだ。
「梅に鶯」
それでいいじゃないか。

 


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弟子入り体験 第二弾

2012/11/21

先月の23日に一回目の弟子入り体験があり、今回は最終回の二回目。 小5の女の子一人に男の子が3人、 最初にしほがま作りを体験し、つぎに生菓子作り。 これは前回、「次回まで何を作るか決めてくるように」と宿題を出していたものです。 前回は鼻を作って先が思いやられるなぁと(笑) それではみんな考えてきたかな? 「私、お花」 「俺、毒キノコ」 「俺も毒キノコ」 「俺は…う~ん…」 まぁいいや作ってみようか! 持ち帰り用のケースに入る大きさだけ注意して、あとは自由に作らせたところ… ちっちゃ~!  でかっ!  さまざまでした(笑)
とにもかくにも悪戦苦闘しながら作ったみんなの作品です。(一人3個作りました) ちゃんとおうちの人に見せてあげてね!(´∀`) ①もみじにハート 菊にハート クリスマスツリー
②クリスマスツリー りんご 菊
③毒キノコと金魚となんだろう? 銀杏 オムレツ ④エッグバーグ お寿司エビとマグロ 毒キノコ
「生菓子や 兵どもが ゆめのあと」 もうぐっちゃぐっちゃです(笑)
でもみんな、とても楽しかったらしく帰りたくないって言っていました(^O^)


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