仙台人が仙台を好きになるブログ(熊谷屋ブログ 駄菓子屋さんです。)

カテゴリ:仙台さんぽ

資福寺のあじさいと古木

2013/7/11

今年も見事なあじさいが咲きました。
ここ資福寺は別名紫陽花寺で知られて、この季節になるとたくさんの人が訪れ写真を撮っています。

ちょうどハチがやってきました。



山門よりずれて奥に静かに佇む本堂





三引両

露草は夕方には閉じるんですね


資福寺では仙台市の保存樹木が
三つあります。一つ目はコウヨウザン樹齢200年



二つ目はモクレン樹齢320年
行った時ちょうど立派な大きな花を咲かせていました。普通のモクレンとは時期も大きさも違うんですね。花の大きさは両手のひらを広げたほどでとても存在感がありました。

老齢から花は4〜5個くらいしかつかないようです。

三つ目はゴヨウマツ樹齢200年
実は資福寺の保存樹木の看板は各々の木の前ではなく山門近くにまとめて建てられているのでどの木なのかすぐにはわかりません。
コウヨウザンとモクレンはすぐわかるのですが、ゴヨウマツは最初てっきりこちらかと思っていました。
(注意:↓この木は指定の保存樹木ではありません)

あとから「杜の都の名木・古木」という仙台市発行の本の写真を見て間違いに気付きました。
↓こちらが指定の保存樹木

ですが幹があまりにまっすぐなこと幹の表面が松っぽくないこと葉が杉っぽいことから、本当に松なの?
と思いましたが葉をよく見ると短いが松の葉の形状でやはり杉とは違うようです。


幹もかなりの老齢だからなのでしょうか色が変色したのでしょうか。(ちなみに写真には撮りませんでしたが樹医さんが施した跡があったので間違いないかと…)
できれば保存樹木の看板にはどの木なのかわかるようにしてもらいたいですね。絶対訪れた人皆ゴヨウマツを勘違いしてるはず。
ちなみにこの時期は境内の茶室にてお抹茶と熊谷屋のハッカ糖と白松さんの最中がいただけます。


タグ:

コメント (0件)

コメントする 

荒町の魅力

2013/6/21

先日、仙台市歴史民俗資料館主催の『小さな旅 見学「荒町界隈を旅しよう」』に参加してきました。
開始時は雨が降っており移動も傘をさしての移動。

まず最初は「森民酒造」さんへお邪魔しました。(お休みの日にもかかわらずご主人が案内してくれました)


森民酒造さんは勝山さん、天賞さんが郊外へ移転した現在唯一城下町に残る造り酒屋なのだそうです。
それにしてもこんな街中に今もあるということが不思議でしたが、ご主人のお話を聞くととても納得のいくものでした。
もともと荒町は御譜代町の一つで、本荒町(現在の一番町二丁目、元仙台 エクセルホテル東急のあたり)にあったものが現在の場所に移ったそうです。
ちなみに御譜代町とは大町など6町あり、伊達家に従い伊達郡、米沢、岩出山と経由して仙台に移ってきました。
ではなぜ本荒町から現在の荒町へ移ったのかというと、荒町には麹を作る役割があり本荒町という土地は水質が麹を作るのに向かなかったため水質の良い現在の場所へ移ったという説があるそうです。確かに荒町には孫兵衛堀(川村孫兵衛重吉は四ッ谷用水の建設にもかかわった人物)が流れており、また地名にも清水小路とあるように水源が豊富だったことがうかがえます。染師町があるのも納得、昔は孫兵衛堀で染物をしている風景が見れたそうです。
もちろん酒造りには川の水を使うのではなく地下深くより汲み上げた井戸水(この水は山からしみ込んだものが40~50年かかって濾過されたものだそうだ)を使っておいしいお酒を造っているのだそうです。伊達政宗はお酒をこよなく愛していた人ですからね、力の入れ方も相当なものだったでしょう。
森民酒造さんの建物自体は創業前からのものでもともと麹屋さんの建物だったそうでかなり古いそうです。
柱や梁には菌がびっしり着いているのでしょうね。

次に向かったのが森民酒造さんの裏手にある昌傳庵と仏眼時

二つのお寺は荒町公園でつながっており、車通りの激しい表通りから少し奥へ入っただけで何とも静かで緑豊かな別の土地に来た気分になります。(奥に見える緑が生茂っているところは森民酒造さんの酒蔵)

荒町はこのあと訪れる奏心院、満福寺…とけっこうお寺あるんですね。表の通からはなかなかわかりませんが、ちょっと奥に入るとたくさんのお寺があり、荒町はお寺の町でもあるんですね。これも新たな発見でした。
荒町のメインストリートはかつての奥州街道で町人の町、昔の地割(間口6間奥行25間 うちもそうですが)の名残が(写真左側)今でもうかがうことができます。さらには(写真右側)時代とともに半分の3間になった土地も多くあるそうです。

次に向かったのが「佐藤麹味噌醤油店」さん。
先に述べたようにここらへん一帯は麹屋さんがもともと多かった、最近まで2件残っていたそうですが、銭形屋さんが店を閉め、現在残っているのが佐藤麹味噌醤油店さん。
佐藤麹味噌醤油店さんは米沢、岩出山と御譜代町とともに移り住んだところで大変歴史のあるところです。
たくさんの麹屋さんがひしめき合っていた中それぞれが競合しなかったのか?という素朴な疑問。
店ごとに担当の地域を決めていたそうで、佐藤麹味噌醤油店さんの場合は六郷と七郷方面だったそうです。

明治35年に酒税法が施行されると一般の家庭ではお酒を造ることができなくなり、それ以降は麹の需要が減り味噌造りの方に力を入れるようになったとか。
また店舗脇にはレールが敷いてありトロッコに載せ重い材料を60mある奥の工場まで押して運んでいるそうです。

次に訪れたのは仙台箪笥の「門間箪笥店」。
中には入りませんでしたが中庭を見学しました。建物も裏の作業場もとても古く年季の入って箪笥ともどもいい仕事しているなという印象を受けました。現在も若い人から年配の人まで一人前の指物職人目指して頑張っているそうです。

そんな創業当時から変わらぬ場所で商売をしてきた門間箪笥店さんですが、道路整備事業で建物が危機に立たされているそうです。
建物は平成14年国の登録文化財に指定されたのにどうするんだろ。
あの高架の先(手前)が建物の脇に来るのですがさらに高架の脇にスペースを取らなければならず、その範囲に建物一部が重なるそうです。仙台市もなんとかしてほしいものです。

門間箪笥さんから移動して泰心院の前まで来ました。
ここの山門はなんと仙台藩の藩校である養賢堂(現県庁あたり)の門が移築されたものなのです。
屋根の上部には三引両と九曜紋が施されています。初めて見ましたがかなり大きく存在感のあるものです。昔の人はこんな立派なものをよく作ったものだなぁと感心するとともに、それが今なお現存していることに感動しました。

なぜここに移築したのかという記録はまったく残っていないそうです。戊辰戦争のころこの門が払い下げになっていたという事実だけが確認されるとのことで、旧藩の物を保存するという行為があまり公になっては困るということで記録を残さなかったのではないかとも推測されるとか…。
さらに次に向かったのは荒町で忘れてはならない毘沙門堂
ここには北目城から移ってきた毘沙門天が祀られています…ということは知っていたのですが、
ここで相撲が行われていたのは知りませんでした。かの有名な仙台が誇る横綱谷風もここで相撲をとっていたそうです。ちなみに谷風は当時近くの七郷掘りの泥さらいをしていたところ巡業に来ていた相撲部屋にスカウトされたのがきかっけだそうです。堀の掃除をしている姿を見て屈強な青年がいると。
また昔からここは人の往来が多くコミュニケーションをとるのに最適な場所だったようで
「奇縁二天石(きえんにてんせき)」という石碑が建てられました。
よく見ると後ろに「たつぬる方」表に「をしゆる方」と書かれています。
これは尋ねる方が求人の張り紙を貼り、教える方が(こういう人いるよと)情報を貼るといった具合に使っていたそうです。それだけ人の往来が多かったということで、大正時代には仙台で最初の数少ない公衆電話がここに設置されたことからも想像できます。

最後に向かったところは…
七郷掘りから六郷掘りへと分岐するところを見ながら

舟丁にあるしだれ桜の綺麗な駄菓子屋さんへ行きました。

ここでは工場のうらにある史料館を見せていただきました。(ここは一般の方でもお店の人に声をかければ見ることができます。)

その中にある「熊谷屋」

雨も最初だけでだんだん日が差し、終わるころには暑くてたまらないくらいでした。
今回荒町をあるいて荒町の存在自体の歴史がとてもよくわかりました。そして講師をなさって下さった西大立目祥子さんの町の歴史に対する思いもすごく感じ取れとても勉強になりかつ楽しい一日でした。
<参考:西大立目祥子さんの著書>

帰りに、見学したお店のお味噌とお酒を買っていこうかと思いましたが、森民酒造さんは土曜日お休みで閉まってしまいました。でも同じ荒町の通りにあるお酒の種類が充実した及川酒店で購入できましたよ。
今回の荒町さんぽのルート


タグ:, ,

コメント (0件)

コメントする 

大きな大きな古時計~仙台駅の時計さ~♪

2013/5/2

中央児童館は平成25年3月31日をもちまして閉館しましたので,本館,子ども文庫,遊戯館,駐車場,野外炊飯場等の施設は御利用になれません。児童遊園は引き続き御利用が可能です。
  宮城県中央児童館は昭和33年に設置されました。昭和40年に現在地(仙台市太白区向山)に新築移転し,平成13年4月,組織改編に伴い,子ども総合センターの附属施設となりました。中央児童館のある向山丘陵近辺は,仙台市野草園から八木山動物公園,青葉城址,青葉山,太白山に連なる一角で,四季折々の風情が楽しめる自然環境のすばらしいところです。

(宮城県ホームページより)

調べ物をしていてたまたま天江富弥氏の童謡詩碑がここにあることを知って、宮城県のホームページ内の中央児童館のページを見てみたら、なんと児童館はすでに平成25年3月に閉館になって建物は取り壊される予定らしいです。

そしてさらにその建物には「なかよしの大時計」というものがあり、
 この時計は,昭和24年から仙台駅舎東北新幹線仙台駅建設工事のため取り壊される昭和47年まで駅正面玄関に掲げられていました。仙台鉄道管理局のご好意で,「よい子たち」にプレゼントされたものです。
 新しく時を刻み始めたこの時計を「なかよしの大時計」と名付け,遊園を訪れる子どもたちの仲間としてだいじにされています。
(宮城県ホームページより)
…ということです。
ここは一度来たことがありましたが、時計のことは知りませんでした。そんな素晴らしいものがここにあったなんて…。
それより、ここが壊されるということはこの時計はどうなるんでしょう。
いてもたってもいられず、もう一度見に行ってきました。(内心、もう工事が始まっていたらどうしようと心配しつつ)
幸いまだ建物と時計は健在でした。


近くで見るととても大きいですね。時代を感じます。
そしてギーッと音を立てて長針の針が時を刻んでいました、今でも動いているというのがなんかとても感動でした!
お分かりでしょうか長針が進んでいるのが。

そしてこの時計はこのあとどうなってしまうんでしょうか?
中央児童館閉館したこともニュースで報じられたのかどうか知りませんが、人知れず歴史的なものがなくなるのはとてもさびしいことです。だれか引き取り手がいるといいんですが。
人知れず…といいますと、先の東日本大震災後に人知れず歴史的建造物が壊されてしまいました。
それは通町の検断屋敷です。とても残念なことです。
先日、塩釜の明治初期の建造物「松亀園」の新聞記事を読んでなおさら思いました。


タグ:

コメント (0件)

コメントする 

DATE BIKE利用してみました!

2013/4/28

天気が良かったので仙台駅から市役所前までバスで移動のところ自転車で移動しました。
そうです、DATE BIKEを初めて利用してみました。
利用するにはまずwebからの会員登録で、必要なのは携帯電話とクレジットカード。
そうすることでキャッシュレスでスマートにDATE BIKEを利用することができるのです。
登録を終えてから、アエルのポート(駐輪場)で自転車を借りました。

携帯でポート別の自転車の番号を選ぶ画面で予約すると、開錠パスコードが表示されます。(予約完了確認メールも受信)

ハンドルの操作パネルの「開始」ボタンを押してパスコードを入力すると開錠され、これで使うことができます。

乗り心地のほうは最初なんかペダルが重いなぁと思ったら、ギアらしきものが…、回してみると軽くなりましたぁ!
つまりギアで変速ができるので楽です。しばらく走っていてコレなんだろうと操作パネルの左の機械のボタンを押してみたらなんと電動アシストでした。初めて体験しましたがこりゃさらに楽チン♫
緩やかな河岸段丘になっている土地を走るにはとっても楽‼

終着は市役所前のポート。駐輪場に戻し施錠して操作パネルの「終了」ボタンを押して完了。
返却確認メールを受信します。


ちなみに途中コンビニなどに停める時には施錠してまた乗る時に「開始」ボタンを押してパスコードを入力します。
利用料金は60分以内100円。
100円パッ区内を走るもよし、観光に使うもよし。
もっともっとPRしたほうがみんな活用すると思うんですけど。
あとスマホからの画面のボタンが密集しているので押し辛く、また時たまサイトが重くなるのを改善してくれるとさらに使いやすいなぁ。
これから利用者が増えてポートが増えたら嬉しいな。
みなさんもぜひ登録して利用してみてくださいね!

 


タグ:,

コメント (0件)

コメントする 

城下町 白石

2013/4/18

白石城
あまり下調べする時間がなかったので完全にたんなる観光客として行きましたので、会えて歴史には特に触れずお話します。
平成7年に完全復元された白石城天守閣。
行ったのは4月の中旬、天気がよく 桜も満開で、絶好の花見日和でした。
早めに出発し9時過ぎについたのにもう駐車場はけっこう埋まっていました。
駐車場からはお城へと続く道、城来路(シロクロード)が。(笑)


さっそく天守閣に入った。天守閣内の床は和釘※で打たれ、木が割れないように交互に打たれているのだそうだ。


中の階段は天守閣によくあるように急である。

天守閣からの眺めはいいもんですよ。

みんながお花見をしているあたりが元の本丸跡だったようです。



天守閣をあとにしてミュージアム シアターに向かったが上映時間の都合上諦めました。チケット買って失敗した、上映時間のチェックをしておけばよかったです。

天守閣下の神社へ行ったあと、武家屋敷に向かおうとしましたが、場所がよくわからず遠いのかと思い車で移動しました。
武家屋敷は質素な作りが白石の特徴だそうで、だけどなんだか長閑な雰囲気がとても落ち着きます。




結局武家屋敷までは歩いて行ける距離で、道中お堀が流れていてとてもいい景色。
散歩コースにはとてもいいですね。
ちなみに自転車も貸し出しているのでサイクリングしてみるのもいいですね。

こんなお堀が城の周り、街中を通っているなんて不思議な感じ、仙台の四ツ谷用水もこんな感じだったのかなと思いを馳せてみる。
天守閣、ミュージアムシアター、武家屋敷とセット料金で600円とはとてもお得です。お得すぎます‼
ひととおり見たあと帰る途中、寿丸屋敷※を見つけたので入ってみました。
そこでは「八重の人生を変えた戊辰戦争展」が行われてました。

お昼に温麺を食べようと思いましたがどこもすごい行列で入れませんでした∑(゚Д゚)
ですので、お土産に白石温麺を買って帰りましたよ〜。けっこういろんな種類があるんですね、迷いましたぁ。
とてもいいところですね、気に入りました。また行きたいです。
余談
白石駅前に小十郎プラザがありますが、そこの店員さんに聞いた話では小十郎ファンの集いの場ともなって中には2時間もそこでファン同士で盛り上がっているそうです。
和釘※
一本一本手打ちで仕上げる和釘はの場合は、軸全体に微妙な凹凸が付き鉄を真っ赤に焼き鍛えることで和釘表面に酸化被膜が形成される。これにより木材に打ち込まれた後でも錆びにくくなる。
寿丸屋敷※
明治中期に建てられた豪商の町屋建築

 


タグ:, ,

コメント (2件)

  1. 火造りのうちやま 内山立哉 より:

    初めまして、白石の武家屋敷情報ありがとうございます。
    白石城の和釘を製作しました、新潟県三条市の火造りのうちやまと申します。
    白石城再建後現場確認をさせて頂きましたが、時間がなく、武家屋敷までは見ることが出来ませんでした。
    近いうちに再び訪れたいと思います。

    1. admin より:

      コメントありがとうございます。
      職人さんからいただくとは思っていませんでした。

      見学していろいろボランティアさんの説明を聞くと奥深いですね。勉強になります。
      ぜひ武家屋敷も見に来てください。

コメントする 

平成の大修理 瑞巌寺 ~今だから見れるもの

2013/4/12

瑞巌寺
現在平成の大修理中の瑞巌寺、
建物はシートで覆われているので見ることは出来ません。

(ちなみに政宗はこの二本の松の木の間から中秋の名月を眺めたそうです)
しかしながら、逆にこの時期だからこそ、いやこの時期しか見れないものがあります。
瑞巌寺本堂が見れない分、特別公開されているものが三つもあるんです。
まず一つ、庫裡(庫裏)。
「くり」と読み、禅宗寺院の台所で昭和34年に国宝指定されている。
建物に入ると大きな屋根に沢山の梁がはりめぐらされ吹き抜けのようになっていました。

もう一つは大書院。
さらに奥に進み仮本堂に入ると広がる大書院には御本尊、大位牌、三大開山の木像が特別公開されています。

特に大位牌は身長ほどある本当に大きなもので存在感がすごい。
これが政宗の位牌だと思うとなんとも言えない気持ちになる。
(比較対象物が映り込んでいなくていまひとつ大きさが伝えられないのが残念)

そして陽徳院御霊屋。
陽徳院田村愛姫の墓堂で平成20年に創建当初の豪華絢爛な姿に復元された。
これも普段見ることのできないものです。

その他にも宝物館(余談ですがHOMOTUKANと読むんですね、ずっとHOUBUTUKANだと思っていました)では「国宝本堂解体修理展」が開催されており、取り外された欄間が展示されて豪華絢爛な桃山文化を垣間見ることができる。
また降三世明王像は松島五大堂に安置され33年に1度だけ開扉される秘仏で本来次に公開されるのは2039年、それが今見れるのです。
陽徳院御霊屋から宝物館に抜ける岩のトンネルの上に太い根をしっかりはりつけている巨木は欅の木で樹齢800年の夫婦欅だそうだ。
教えてくれたのは雨の中案内誘導していたおじさん。
瑞巌寺の係りのおじさん、警備のおじさん等はとてもとても親しげにいろいろ教えてくれます。



800年…、へぇ〜通りでものすごく太い幹をしているんだ。私のよく見かける欅は背が高く幹もある程度太いがここまでのものは見たことがない。800年前からずっとここの変化を見てきて、最近ではあの津波も見ていたのだな。
ちなみに山門から受付のある門までの参道周辺の杉の林は向かって左手の方が更地になっていた。津波の塩水で被害を受けたらしい。

あいにくその日は土砂降りでしたが、見に来て良かったです。
そして期間中にもう一度行きたい。今度は晴れた日にゆっくりと見たい。
それに隣の円通寺もおもしろそうだ。
今まで松島はだいたい遊覧船に乗っておしまいだったが、また楽しみが増えた。一日居ても飽きないだろう、いや一日じゃ足りないかもしれない。

 


タグ:,

コメント (0件)

コメントする 

臥龍梅咲きました

2013/4/2

臥龍梅:
別名「朝鮮梅」とも呼ばれている。地面に伏臥する様態から「臥龍梅」と呼ばれ、伊達政宗が文禄の役(1593)の際に朝鮮から持ち帰り、仙台城に植えさせた後、隠居所であった若林城(現宮城刑務所)に移植した。他に明治8年に分植された西公園のものと慶長14年(1609)、落慶の時に政宗公自ら手植えした松島の瑞巌寺本堂前のものと3本が
有名。

といっても西公園と瑞巌寺のものは知りませんでした(汗)
その臥龍梅が北六番丁黒沢内科さんの庭にも立派に咲いていました。
上記の梅の種からか分稙したかは定かではありませんがおそらく関係してるものと思います。
黒沢家は大番士三百石だった。

「目で見る仙台の歴史」(仙台市市図録編纂委員会)より

「もう一つの廣瀬川」(佐藤昭典)より
今は建て直して昔の建物の名残はありませんが、臥龍梅は約150年間今ももとの場所にあります。






自転車置き場のところの門から一般の方も見れるようになっているので見頃の時期ぜひ行ってみてください。
ご覧になる際は木の根の周囲の土を踏まないよう注意してください。木が老齢のため根が傷みやすいのだそうです。

 


タグ:,

コメント (2件)

  1. 吾妻 蒼遥 より:

    伊達正宗帰還の折に持ち帰った臥龍梅、とりわけ隠居所に植えられた臥龍梅(宮城刑務所内)はご覧になられたことがありますか?
    瑞巌寺の臥龍梅は取材しており、なかなかスケールがおおきいものです。

    1. admin より:

      矯正展の際に見に行きました。八方に大きく伸びた枝は通路の方まで及んでいました。刑務所の方の話によると天然記念物なので枝の剪定ができないとおっしゃっていましたが、実際剪定をした方が木のためにも良いのではと思いました。

コメントする 

三居沢不動尊 冬の大滝

2013/1/28

今季の冬は昨年12月より度々の雪で降っては積もり雪かきしてはまた積もり、例年にない雪の多い年となった。
逆にいえば、ここ数年は暖冬で雪はほとんど積もることはなかった。せいぜい2月〜3月にある程度降るぐらいだ。(仙台市内)ドカ雪とも言えないほどの量の雪。これに慣れてしまったのか、今年みたいのが正常なのか。
それはさておき、三居沢にある不動尊裏の大滝が凍っていると聞いたので行ってみた。市内で見れる凍った滝はここだけだろうか。水量が多くてもここまで凍ることはなく、また少なすぎても綺麗さに欠ける。絶妙なな水量がこのような芸術を作り上げたのでしょう。

この大滝は大きく湾曲した断崖から流れ 落ちるさまはは全国的にも珍しいといわれているが、見た感じでは確かに湾曲しているようだが、珍しいのかどうか私にはよくわからないです。


別な日に違う角度から見たら実は滝が二段になっていたんですねぇ、一度少し落ちたところが湾曲して窪んでいてそこからさらに十数メートル落ちていっているんですね、おそらくこの形状が珍しいのかと…。
三居沢は日本初の水力発電、東北初の発電所で、しかも現役で稼働しているという素晴らしい施設があります。


また、子供たちが交通ルールを学ぶための交通公園があり、春には桜並木がとても綺麗です。
書きたいことはたくさんあるのですが、どれもすごすぎてたくさん盛り込むと中途半端になるのでまたの機会に取り上げたいと思います。


タグ:

コメント (0件)

コメントする 

平成25年出初式

2013/1/11

平成25年1月6日に仙台市の出初式が行われました。
今年は6日が日曜日だったため朝から寒い中、見に行くことができました。
市民広場へ到着するとすでに式は始まっており、ちょうど観覧行進が行われていて各消防団、各隊員等の行進、それから30台の消防車両の行列、そして空にはヘリコプター。
春日町の方から順番を待つ消防車両は市役所前を通り県庁方面へと走っていきましたが、
その際スムーズに車を流すために信号を青のままにしてたようです。


乱入してきたわけじゃありません、バイク隊です


消防音楽隊

春日町方面よりぞくぞくと消防車両が

県庁方面へと抜けていきます


その後は仙台市長の式辞、表彰、祝辞とが続き、
消防音楽隊とカラーガード隊のドリル演技が披露されました。
(余談ですがカラーガードっていうんですね旗を振って舞うの。それとドリルという言葉初めてしりました。楽隊と演舞が交わるからドリルなんですかね…)


そしていよいよ待ってました、伝統階子乗り!
(またしても余談ですが「はしご」と普通にキーボードで打つと「梯子」と変換されますが「階子」と表記するのはなにかこだわりがあるんでしょうね)
階子の下方、上段・中段・下段に分かれてそれぞれの隊員たちが鉤のついた道具で支える。
たったこれだけで階子の上でのさまざまな動きを支えているなんてすごい!


見事なポーズ!



火の用心

市役所に戻り、建物の上からレスキュー隊員の訓練の一環としてのロープで上階から降りてくるところを披露。
シャッターチャンスを狙ってのんびり構えていたら、あっというまに下までスルスルッと降りてしまいました(笑)

そして圧巻の放水車と隊員による一斉放水!
(やっぱり写真で見るのと目の前で見るのとでは迫力が違いますねぇ)

(気が付いたら写真213枚も撮っていました!)

出初式の由来

 明治27年5月、明治10年以来の町火消が生まれ変わり、新しい組織として180人の公設消防組織が仙台に設置されました。
 翌年1月4日、宮城県庁前において、消防組員の心意気を示すと同時に、士気を鼓舞し、一年間の安全と奮闘を誓い合う目的で、仙台消防組出初式が初めて行われました。
 その後、ある時は広瀬川両岸で、青葉通あるいは定禅寺通で、西公園でと場所を変更して行われましたが、昭和40年代に入ってからは市役所前で行われることが恒例となり、現在に至っています。

<補足>
しかしながら伝統階子乗りは後継者不足を理由に一時期途絶えてしまいました。そして再び昔の古き伝統を復活させようという気運が高まり、ちょうど青葉祭りが再開された昭和60年頃から伝統階子乗りも同じく再開されたそうです。
やはり実際見て感じましたが良いものは残していくべきだと思いました。写真や映像では伝わらない心意気が感じられます。

 


タグ:,

コメント (0件)

コメントする 

仙台市内で鮭の遡上が見れるんですか?

2012/12/1

先日KHBの「ナマイキTV」で放送されていましたが、牛越橋の上から鮭の遡上が見れるんです! 私も12月1日(土)に見てきました。 うわぁー!いるいる‼ ↓拡大 岸の方には力尽きた鮭の屍もある。 なぜかこんなところに卵を発見! よくここまで頑張って戻ってきてくれたね。 (左上のは死んだ鮭です、川の中をよ~く見るとたくさんの鮭が並んで泳いでいるのが見えます) 私も以前参加したことありますが、ここからもう少し上流、賢淵手前あたりから鮭の稚魚を毎年放流しているのです。 何も考えずに放流したけど実際こんな街中の川に戻ってきた鮭を見て感動しますね。
タグ:,

コメント (0件)

コメントする 

オンラインショッピング カートの中身を見る